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に造, 其の後藩論は漸く一變して、新規の事業は一頓挫を來すに至つた。, 六年三月齊彬は家老島津豐後に琉球大砲船造船掛を命じ、五月瀬戸村, 中濱萬次郎の滯麑中、航海造船の術を尋ね、又家臣を長崎に派して蘭人に就いて, の禁を解いて、薩州藩に大船の獻納を命じたので、昇平丸を獻じ、同二年春江戸に, 囘航せしめた。長さ十五間、幅四間一尺餘、深さ三間、帆柱三本、帆三段十個、大小の, との條件を附して之を許した。蓋し大船建造の解禁以前であつた爲である。, 以下軍役奉行・船奉行・軍賦役・船手下目付・同書役・船頭・船大工等は皆鋭意事に當り、, 學ばしめたが、同五年十二月二十七日幕府に建議して琉球警備の爲、武裝大船の, 船場を設けて起工せしめた。家老新納駿河も亦工事を督し、藩の若年寄島津登, 齊彬が他藩に卒先して海軍の建設に力めたことは特筆に値する。嘉永四年, 建造を申請した。幕府は薩摩琉球往復の航路に限り、他の運送に使用す可らず, 安政元年四月進水し、十二月竣成した。之が昇平丸である。偶〻幕府が大船建造, 砲十六門を有する船であつた。船長石原龍助以下乘組員四十七名は、二月十三, 總名右の通相唱候樣被仰付候條此旨向向へ可致通達候。(照國公文書), 大隅, 櫻鳥, 琉球大砲, 昇平丸, 船, 第四編開港對策, 一五六
割注
- 大隅
- 櫻鳥
頭注
- 琉球大砲
- 昇平丸
- 船
柱
- 第四編開港對策
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- 一五六
注記 (22)
- 907,2740,52,109に造
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- 906,561,69,2020六年三月齊彬は家老島津豐後に琉球大砲船造船掛を命じ、五月瀬戸村
- 1371,567,67,2282中濱萬次郎の滯麑中、航海造船の術を尋ね、又家臣を長崎に派して蘭人に就いて
- 443,566,69,2279の禁を解いて、薩州藩に大船の獻納を命じたので、昇平丸を獻じ、同二年春江戸に
- 329,557,68,2284囘航せしめた。長さ十五間、幅四間一尺餘、深さ三間、帆柱三本、帆三段十個、大小の
- 1022,563,68,2222との條件を附して之を許した。蓋し大船建造の解禁以前であつた爲である。
- 673,561,72,2290以下軍役奉行・船奉行・軍賦役・船手下目付・同書役・船頭・船大工等は皆鋭意事に當り、
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- 791,560,70,2293船場を設けて起工せしめた。家老新納駿河も亦工事を督し、藩の若年寄島津登
- 1484,634,72,2218齊彬が他藩に卒先して海軍の建設に力めたことは特筆に値する。嘉永四年
- 1135,565,69,2286建造を申請した。幕府は薩摩琉球往復の航路に限り、他の運送に使用す可らず
- 557,557,71,2290安政元年四月進水し、十二月竣成した。之が昇平丸である。偶〻幕府が大船建造
- 213,565,68,2278砲十六門を有する船であつた。船長石原龍助以下乘組員四十七名は、二月十三
- 1718,637,61,2166總名右の通相唱候樣被仰付候條此旨向向へ可致通達候。(照國公文書)
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