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一、吾れ印度・支那・日本海に於て合衆國水軍都督コモドール, の書翰であつた。此の書翰に曰く、, 信任状、及びハリスが此の日下田入港に先だつて認めた、幕府の「外國事務宰相」宛, 之を幕府に進達することを求めた。即ち米國國務長官マーシーの署名のある, 時期を劃すると共に、日本の状態を一新せしめるであらう。余は努力して、日, 余は文明國から日本に駐紮する最初の公認使節である。是は余の一生に一, に投錨すると間もなく、下田奉行の屬僚が來つて來航の趣意を尋問した。ハリ, を覺悟すると共に、其の成功を確信して次の如く述懷した。, スは奉行に宛てて己が著任を報ずる書翰を提出し、別に二通の文書を添附して、, に向つたが、ハリスは愈〻目的地下田に近づくや、自己の使命の重且つ大なること, トロングが坐乘し、艦長ベルの指揮の下にハリスを下田に護送する任務を帶び, てゐた。さて安政三年七月十二日, 本の歴史及び其の前途に余の名譽を顯揚せんとす。(ハリス日記), サン、ゼシント號は下田に入港した。港内, 安政三年七月二十一日, セームス、ア, 同艦は香港を拔錨して一路我が國, 西暦一八五六年, 年八月十二日, 水師提督, 西暦一八五六, 八月二十一日, 之官名, 書翰, 幕府宛の, 下田入港, 第一章通商互市の氣運第二節ハリスの駐紮, 二〇一
割注
- 西暦一八五六年
- 年八月十二日
- 水師提督
- 西暦一八五六
- 八月二十一日
- 之官名
頭注
- 書翰
- 幕府宛の
- 下田入港
柱
- 第一章通商互市の氣運第二節ハリスの駐紮
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- 二〇一
注記 (28)
- 377,633,60,1645一、吾れ印度・支那・日本海に於て合衆國水軍都督コモドール
- 489,551,58,997の書翰であつた。此の書翰に曰く、
- 607,538,63,2288信任状、及びハリスが此の日下田入港に先だつて認めた、幕府の「外國事務宰相」宛
- 725,541,59,2279之を幕府に進達することを求めた。即ち米國國務長官マーシーの署名のある
- 1307,610,58,2215時期を劃すると共に、日本の状態を一新せしめるであらう。余は努力して、日
- 1419,612,59,2198余は文明國から日本に駐紮する最初の公認使節である。是は余の一生に一
- 959,544,59,2269に投錨すると間もなく、下田奉行の屬僚が來つて來航の趣意を尋問した。ハリ
- 1535,549,56,1686を覺悟すると共に、其の成功を確信して次の如く述懷した。
- 839,551,59,2286スは奉行に宛てて己が著任を報ずる書翰を提出し、別に二通の文書を添附して、
- 1650,546,56,2283に向つたが、ハリスは愈〻目的地下田に近づくや、自己の使命の重且つ大なること
- 1886,547,58,2276トロングが坐乘し、艦長ベルの指揮の下にハリスを下田に護送する任務を帶び
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