『維新史』 維新史 2 p.369

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見を有したことは、當時の志士中嶄然頭角を抽きんでるものがあり、即ち同四年, か十五歳にして「啓發録」を著し、尋いで大坂に遊んで緒方洪庵に西洋醫術・蘭學を, れ、資性慧敏、夙に闇齋學派の藩儒吉田東篁, 國の何れかなるべきも、英は慓悍貪欲、露は沈摯嚴正なれば、衆望は遂に露に歸す, 修めた。安政元年江戸に出で、蘭學者杉田成卿の門に入つて智見愈〻廣く、又藤田, 橋本左内、諱は綱紀、號は景岳、天保五年三月十一日越前福井の一藩醫の家に生, 東湖・佐久間象山・藤森大雅等の諸名士と交はり、是に〓然經世濟民の志を樹つる, の認むる所となつて御書院, て同盟國を作り、盟主を立てて戰爭を止めることにならう。其の盟主は英露二, との旨を述べ、庶政を幕府に委任せられたきことを懇請したものであつた。, 十一月二十八日在藩の村田巳三郎, に至つたが、遂に藩の參政鈴木主税, に就いて經史を學び、嘉永元年僅, 番となり、殊に同四年慶永の侍讀兼御用掛を命ぜられてよりは、一藩の樞機に參, 與することとなつた。而も少壯にして克く世界の大勢に通曉し、卓拔な外交意, 中根雪江, 雖愚夫憤激之至御座候。因て關東に富國強兵之義、屹度被仰付置候樣奉存候, に對して、將來五大洲の國々は一團となつ, 靱負, 師質, 悌藏, 榮, 篤, 氏, 壽, 重, 橋本左内, の對外意, 見, 第二章條約勅許の奏請第四節諸大名の京都手入, 三六九

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  • 靱負
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  • 悌藏

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  • 橋本左内
  • の對外意

  • 第二章條約勅許の奏請第四節諸大名の京都手入

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  • 三六九

注記 (31)

  • 698,587,65,2275見を有したことは、當時の志士中嶄然頭角を抽きんでるものがあり、即ち同四年
  • 1389,585,68,2279か十五歳にして「啓發録」を著し、尋いで大坂に遊んで緒方洪庵に西洋醫術・蘭學を
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