『維新史』 維新史 2 p.377

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と云へるは、陶所の行動の一斑を語るものである。, 池内大學なるもの、是は知恩院宮の御内にて, 衆論を排し、朝議をして條約勅許に決せしめんことを慮つて、三月初、諸大夫小林, 侍講として名聲を博してゐた。斯くて安政五年二月橋本左内が藩主慶永の命, のであつた。, 開國説を持せる爲に兎角朝臣間に不評であつたのを憂へ、又其の權勢を頼んで, を帶びて上京し來るや、大學は其の開國意見を不可として、宜しく和戰兩樣の策, を樹て、擧國一致國難に當るべきことを述べた。更に又大學は、鷹司政通が年來, 三國大學は名は直準、號を幽眠と云ひ、文化七年越前三國湊の豪商の家に生れ, たが、夙に京都に出でて碩學鴻儒と交はり、帷を垂れて塾生を教ふる外、鷹司家の, 授に日夜奔走、頗る有志にて、殿下・太閤・三條・中山に出入、青蓮院宮へは、月に六囘, 以上を通觀するに、條約勅許奏請の失敗は、諸大名の京都入説並びに處士の活, 進講仕候。此度は上下四方無所遺、周旋竭力候に付、老拙も得氣候。, 民部權大輔, 此者京師にて致開業、公卿の教, と共に政通を直諫し、遂に之をして正論を持せしめるに至つた, 筑前守, 良典, 略, 中, 條約勅許, 奏請の失, 三國大學, 敗, 第二章條約勅許の奏請第四節諸大名の京都手入, 三七七

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  • 筑前守
  • 良典

頭注

  • 條約勅許
  • 奏請の失
  • 三國大學

  • 第二章條約勅許の奏請第四節諸大名の京都手入

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  • 三七七

注記 (26)

  • 1504,565,59,1421と云へるは、陶所の行動の一斑を語るものである。
  • 1835,629,61,1268池内大學なるもの、是は知恩院宮の御内にて
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