『維新史』 維新史 2 p.381

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の問題は既往に比し一〓の重要性を持つに至つたのであつた。, 奈昌廣, あらう。加ふるに病弱にして未だ一人の子女もなく、將來とても之を期待する, より奉仕せる者のみが之に侍してゐたといふ。以て居常の一般を察すべきで, 識者の話題に上ることとなつた。而して時恰も國家非常時に際會せる爲に、此, 小性は自然遠慮勝にて、左右を離れ、御縁・庭上に出ることが多く、西丸時代の古く, を見るに、第十三代慶臧は田安齊匡の第七子であつたが、既に嘉永二年四月薨じ、, であつて、一橋家を繼いだが、それすら既に天保九年十四歳にして歿した。斯く, して徳川宗家は將軍の暗愚なるに加へて血統も亦絶えんとし、是に繼嗣問題は, ことは殆んど不可能であつた。又其の兄弟は多く天死し、成長せるは慶昌一人, 將軍繼嗣の問題は、當然之を三家・三卿の中に求めなければならぬ。今尾州家, 支族たる高須藩主松平義建, の第二子慶恕, が入つて相續したが、家定と, 同年にして繼嗣たるに適しない。紀州家第十二代の齊彊は家慶の弟であるが、, 以外には努めて接しないやうにしてゐた。當時小性として側近に侍せる朝比, の手記に據れば、家定が相續して西丸より本丸に移りし時、舊本丸詰の, 慶勝, 攝津, 後に, 水, 閑, 守, 將軍繼嗣, の候補者, 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第一節一橋黨と南紀黨の運一, 第一節一橋黨と南紀黨の運〓, 三八一

割注

  • 慶勝
  • 攝津
  • 後に

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  • 將軍繼嗣
  • の候補者

  • 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第一節一橋黨と南紀黨の運一
  • 第一節一橋黨と南紀黨の運〓

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  • 三八一

注記 (28)

  • 796,581,62,1813の問題は既往に比し一〓の重要性を持つに至つたのであつた。
  • 1720,574,51,181奈昌廣
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  • 1489,566,63,2279より奉仕せる者のみが之に侍してゐたといふ。以て居常の一般を察すべきで
  • 912,572,62,2276識者の話題に上ることとなつた。而して時恰も國家非常時に際會せる爲に、此
  • 1602,569,63,2278小性は自然遠慮勝にて、左右を離れ、御縁・庭上に出ることが多く、西丸時代の古く
  • 571,577,63,2282を見るに、第十三代慶臧は田安齊匡の第七子であつたが、既に嘉永二年四月薨じ、
  • 1143,576,64,2274であつて、一橋家を繼いだが、それすら既に天保九年十四歳にして歿した。斯く
  • 1027,577,64,2272して徳川宗家は將軍の暗愚なるに加へて血統も亦絶えんとし、是に繼嗣問題は
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