『維新史』 維新史 2 p.500

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准后贈經使久世通熙, 一位を追贈あらせられ、院號を温恭院と賜うた。尋いで禁中贈經使廣幡忠禮, なして、家定の病を診せしめたのであつたが、遂に其の效ひがなかつた。かかる, に對して、三卿の一、清水家の相續を慫慂したが、慶倫はたつて之を斷つた。かく, 戸塚靜海・津山藩醫遠田澄庵・佐賀藩醫伊東玄朴・今治藩醫青山春岱等を奧醫師と, て八月の八日に至つて幕府は將軍の喪を發し、十八日東叡山寛永寺に葬つたが、, 務を總括する外に、外國に係る重立つた用務は厚く申談ぜよと命じた。翌八月, 際の薨去故、種々の巷説が流布したが幕府は敢て喪を發しなかつた。幕府は是, の日若年寄本郷泰固, 朝廷に於かせられては、十六日より五日間廢朝仰せ出され、二十一日太政大臣正, に入つて直〓は幕府強化の必要上將軍家慶の子である津山藩主松平慶倫, 岡櫟仙院に隱居愼を命じた。十日には田安慶頼に、以來將軍が政事向に就いて, は萬事御相談成さるべき旨を達し、又十四日には特に井伊直弼に對して、一般政, を始め宣命使等が江戸に下つた。, の職を罷めて差控を命じ、奧醫師, 側衆石河政平, 非參, 成島藩主, 丹後守, 土佐, 議, 三河, 言, 權, 納, 守, 守, 大, 第六編戊午の大獄と其の反動, 五〇〇

割注

  • 非參
  • 成島藩主
  • 丹後守
  • 土佐
  • 三河

  • 第六編戊午の大獄と其の反動

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  • 五〇〇

注記 (30)

  • 342,649,54,593准后贈經使久世通熙
  • 456,604,57,2194一位を追贈あらせられ、院號を温恭院と賜うた。尋いで禁中贈經使廣幡忠禮
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  • 1029,583,56,2278務を總括する外に、外國に係る重立つた用務は厚く申談ぜよと命じた。翌八月
  • 1493,583,56,2276際の薨去故、種々の巷説が流布したが幕府は敢て喪を發しなかつた。幕府は是
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