『維新史』 維新史 2 p.540

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を可とすると論じた。, 即ち近く將軍宣下の式が行はれるであらうが、慶福の齡は未だ若年であるから、, 爲し、其の子慶篤及び慶恕等をして柳營左右の羽翼たらしむべきであるといふ, ならんも、病床中との趣であるから, たのであつた。猶松本の志士山本貞一郎も亦三條實萬に意見書を上り、勅使を, 造の急務なることを力説し、親藩及び外樣の諸侯中より有力なる者を召出して, 福井の慶永等は、目下何・れも謹愼中であり、又外樣にあつては薩州の齊彬は筆頭, く、併せて將軍を少時なりとも毎年上洛せしめて、朝臣として奉公獻替せしむる, 幕府改革の勅命を下し賜るべしと云ひ、親藩にあつては尾州の慶恕、水戸の齊昭, 暫く中繼として慶喜を將軍に任ずべく、而して慶福を權大納言、齊昭を副將軍と, 實萬は之に對し、依然として年來の主張たる副將軍設置説を固執してゐた。, の宗城等を介添として上京せしめ、以て慶喜擁立輔佐の勅命を下すべしと論じ, 關東に下向せしめて、直〓の大老職を罷め、慶恕・齊昭・慶永等の謹愼赦免を命ずべ, のであつた。又其の手書中に「越前大老云々」と記せるによつて推測するに、慶永, 宜しく阿州の齊裕に土州の豐信、宇和島, 實は既, に薨去, 山本貞一, 三條實萬, 郎, 第六編戊午の大獄と其の反動, 五四〇

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  • 實は既
  • に薨去

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  • 山本貞一
  • 三條實萬

  • 第六編戊午の大獄と其の反動

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  • 五四〇

注記 (22)

  • 815,582,54,599を可とすると論じた。
  • 579,582,59,2287即ち近く將軍宣下の式が行はれるであらうが、慶福の齡は未だ若年であるから、
  • 348,584,59,2270爲し、其の子慶篤及び慶恕等をして柳營左右の羽翼たらしむべきであるといふ
  • 1390,575,54,990ならんも、病床中との趣であるから
  • 1157,580,59,2275たのであつた。猶松本の志士山本貞一郎も亦三條實萬に意見書を上り、勅使を
  • 1730,573,58,2284造の急務なることを力説し、親藩及び外樣の諸侯中より有力なる者を召出して
  • 1498,569,59,2285福井の慶永等は、目下何・れも謹愼中であり、又外樣にあつては薩州の齊彬は筆頭
  • 926,575,58,2271く、併せて將軍を少時なりとも毎年上洛せしめて、朝臣として奉公獻替せしむる
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