『維新史』 維新史 2 p.741

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二幕府の彦根藩に對する善後策, であつた、, の時を以て拔くべからざるものとなり、浪人の勢力亦此の際に起つたのである。, 谷豐後守を井伊邸に遣し、負傷の見舞として朝鮮人蔘を與へ、且つ彦根藩士が動, 搖しては大亂をも惹起するであらうと憂慮して、五日同藩が加害者の交付を請, 而して久世・安藤等が對内政治の方針としては、公武合體氣運の釀成に力めたの, 致候ニ付一先致歸宅候。」(井伊家譜)と言つてゐる。幕府は翌四日小納戸頭取鹽, 直弼遭難の直後、幕府は内命を彦根藩に下して其の死を祕せしめた。よつて, 留其餘手疵深手等爲負候に付悉く逃去申候。拙者儀捕押方等致指揮候處、怪我, あらうが、結果より見れば、文久三年以後時勢を急轉せしめた幕府の〓根は、此の, 遭難の始末は直弼の名を以て幕府に上申して「供方之者共致防戰狼藉者壹人討, 時に培れたと言つて宜しいであらう。朝權此の時を以て伸張し、雄藩の勢力此, た。當時の形勢よりすれば或は彼等の執つた施政方針の外に策が無かつたで, 幕府の慰, 〓, 第一章櫻田變後の幕府, 七四一

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  • 幕府の慰

  • 第一章櫻田變後の幕府

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  • 七四一

注記 (17)

  • 1063,986,60,984二幕府の彦根藩に對する善後策
  • 1293,570,53,258であつた、
  • 1522,568,68,2287の時を以て拔くべからざるものとなり、浪人の勢力亦此の際に起つたのである。
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