『維新史』 維新史 3 p.84

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十八日の早曉を期して、事を擧げるに決したのであつた。, 實は却つて忠節を盡す所以であると告げた。河内介等は之に贊成し、遂に四月, の事をなさば、尊攘の道も立つであらう。これ一見久光の意に背くに似たるも、, 參候の次第を述べ、事は順調に運べる故、意を安んじて滯坂すべき旨を傳へ、更に, 翌十八日、久光も亦近侍奈良原喜左衞門清・有村武次の兩人を大坂に下して、朝廷, て、各自宜しく其の職とする所を守るべしと諭した。河内介等は一先づ十八日, 諸藩は必ずや泰平の積夢より醒めて、更生の端を開くべく、此の時に當つて非常, への獻策は悉く採用あらせられ、天下の事は是より爲すべきもの多々あるを以, 義擧の方策を議し、先づ兵を擧げて關白九條尚忠及び所司代酒井忠義を屠らば、, の期日を延期したが、固より義擧を中止したのではなく、二十一日の夜を以て暴, 河内介等を招いて、鎭靜して時機を待つべき旨を述べ、且つ今度尊王の道が立つ, 見て、事を擧げんとする前日の十七日、一書を愛次郎・壯助に送つて、久光の近衞家, 發せんとしてゐた。仍つて十九日、大久保一藏は久光の命を受けて下坂し、翌日, 然るに堀次郎及び京都薩州藩邸留守居鵜木孫次郎等は、志士の不穩な形勢を, 鎭撫策, 薩州藩の, 第九編雄藩の國事幹旋, 八四

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  • 鎭撫策
  • 薩州藩の

  • 第九編雄藩の國事幹旋

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  • 八四

注記 (18)

  • 1284,557,59,1641十八日の早曉を期して、事を擧げるに決したのであつた。
  • 1400,553,63,2311實は却つて忠節を盡す所以であると告げた。河内介等は之に贊成し、遂に四月
  • 1520,564,65,2315の事をなさば、尊攘の道も立つであらう。これ一見久光の意に背くに似たるも、
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