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めとする急進派は、一度び志を決して出ながら、今一戰をも交へずして分散する, に擧兵を主張した。遂に擧兵論が勝を制し、十日一行は船場川を遡つて密かに, を擧げる事は無謀に近い。怯弱な態度のやうではあるが、一度解散して諸方に, げ、大和義擧の弔合戰を行ふべきである。死は固より覺悟の上であるとて、強硬, 姫路の傍を過ぎ、但馬國に向つた。本多素行は姫路の北方仁豐野に於いて一行, 三郎・公事方岩佐幸兵衞等が留守番役となつてゐた。正三郎は澤宣嘉の書面を, 代官川上猪太郎は檢見の爲、備中國倉敷に出張中で、代官所には元締手代武井正, 潛伏し、時機を待つて再擧を計るべきであると述べた。河上彌市・戸原卯橘を始, と會し、義擧の中止を切言したが省みられなかつた。此所より一行は陸路を取, 平野國臣は大和擧兵の破れ、京坂の同志の援助も期待出來ないのに但馬國に兵, 事は、男子の面目として忍ぶ事が出來ない。飽くまでも但馬國に入つて兵を擧, り、十一日八ツ時, の筋があつて當地に來つたが、暫く滯留するとの趣旨を告げしめた。時に生野, は、白石廉作・本多素行等に命じ、生野代官所に至り、京師に内願, には、生野の此方十餘町に在る森垣村の延應寺に入つた。, 澤宣嘉, 時に姉小路五, 郎丸と稱す, 午後, 三時, 生野代官, 所の態度, 第三章八月十八日の政變第五節但馬の變, 六一一
割注
- 時に姉小路五
- 郎丸と稱す
- 午後
- 三時
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- 生野代官
- 所の態度
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- 第三章八月十八日の政變第五節但馬の變
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- 六一一
注記 (24)
- 1511,563,77,2293めとする急進派は、一度び志を決して出ながら、今一戰をも交へずして分散する
- 1156,564,81,2296に擧兵を主張した。遂に擧兵論が勝を制し、十日一行は船場川を遡つて密かに
- 1752,562,82,2291を擧げる事は無謀に近い。怯弱な態度のやうではあるが、一度解散して諸方に
- 1275,558,80,2304げ、大和義擧の弔合戰を行ふべきである。死は固より覺悟の上であるとて、強硬
- 1041,560,81,2304姫路の傍を過ぎ、但馬國に向つた。本多素行は姫路の北方仁豐野に於いて一行
- 335,567,75,2299三郎・公事方岩佐幸兵衞等が留守番役となつてゐた。正三郎は澤宣嘉の書面を
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