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たのである。, て、修陵に著手する旨を令し、先づ所司代内藤信親, 一隅抄」「聖蹟圖志」を著して陵墓の闡明に努め、谷森外記, に調査報告せしめ、又奈良奉行佐々木顯發, 考定せる諸陵の現状と取締の有樣、享保以後に於ける山陵調査の結果等を仔細, る。, たのであつた。越えて翌五年閏二月、浦賀奉行淺野長祚, 隈なく調査して「歴代廟陵考補遺」を著し、十五陵の所在を決定して、元祿・享保度考, をして、猶神武天皇陵の考定を續, 査の闕を補ふ所があつた。瓢齋は三條實萬・大久保要等と山陵會を興し、又「陵墓, の意見に基いて、又修陵に志し、洛中洛外の諸陵を, を踏査して「諸陵説」「諸陵徴」「山陵考」を著し、共に陵墓研究の權威として知られてゐ, 幕府は輿論の歸趨に鑑み、嘉永四年九月に至つて、元祿・享保度の先例を踏襲し, して、尊王攘夷論が擡頭するに伴ひ、山陵問題も亦漸く眞摯に論ぜられるに至つ, に令して、元禄・享保年間に, 行せしめて、聖蹟保存の道を樹つることによつて、朝廷尊崇の實を擧げようとし, 轉ずるや、與力平塚瓢齋, の京都町奉行に, も亦親しく近畿の山陵, 紀伊守, 信濃, 後信思, 中務少輔, 利助、津, 久井清影, 梅堂, 守, 善, 臣, の研究, 平塚瓢齋, 淺野長祚, 谷森外記, 第二章幕政の改革第三節朝廷の尊崇, 一七九
割注
- 紀伊守
- 信濃
- 後信思
- 中務少輔
- 利助、津
- 久井清影
- 梅堂
- 守
- 善
- 臣
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- の研究
- 平塚瓢齋
- 淺野長祚
- 谷森外記
柱
- 第二章幕政の改革第三節朝廷の尊崇
ノンブル
- 一七九
注記 (35)
- 1759,562,52,333たのである。
- 1523,565,59,1405て、修陵に著手する旨を令し、先づ所司代内藤信親
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- 1041,563,63,1614たのであつた。越えて翌五年閏二月、浦賀奉行淺野長祚
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- 676,564,64,2298査の闕を補ふ所があつた。瓢齋は三條實萬・大久保要等と山陵會を興し、又「陵墓
- 915,1452,60,1412の意見に基いて、又修陵に志し、洛中洛外の諸陵を
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- 1639,627,63,2232幕府は輿論の歸趨に鑑み、嘉永四年九月に至つて、元祿・享保度の先例を踏襲し
- 1875,565,63,2282して、尊王攘夷論が擡頭するに伴ひ、山陵問題も亦漸く眞摯に論ぜられるに至つ
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