『維新史』 維新史 3 p.206

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る者は就業する迄領主をして、又在府の者は同じく町奉行をして、夫々救助させ, ることとしたが、其の動搖は容易には鎭定しなかつた。斯くして江戸の殷盛は, に朝覲して、茲に政局の中心は江戸より京都に移るに至つたのであつた。果し, つたと云はなければならぬ。, 一朝にして凋落し、諸大名は地方に割據し、やがて尊攘論の隆盛なると共に京都, 發して幕政を批議して止まず、慶永を途に要して暴行せんと迄企つるに至つた。, て然らば、文久度の改革は幕威を囘復せしに非ずして、幕府沒落史の第一頁であ, 輕・仲間・渡り徒士等輕輩の職を失へる者數萬人に及び、彼等は何れも怨嗟の聲を, 幕府は周章の餘り、九月朔日令して、失職者は歸國・在府共に望む所に任せ、歸國す, つて滯留を希望する者がないでもなかつたが多數は欣然として妻孥家臣を具, して郷地に歸還するといふ有樣であつた。更に又供連の制を省略せる結果、足, 江戸の繁, 榮凋落す, 第十編朝權の確立, 二〇六

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  • 江戸の繁
  • 榮凋落す

  • 第十編朝權の確立

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  • 二〇六

注記 (15)

  • 1160,567,78,2299る者は就業する迄領主をして、又在府の者は同じく町奉行をして、夫々救助させ
  • 1042,569,73,2295ることとしたが、其の動搖は容易には鎭定しなかつた。斯くして江戸の殷盛は
  • 805,569,78,2300に朝覲して、茲に政局の中心は江戸より京都に移るに至つたのであつた。果し
  • 588,566,62,812つたと云はなければならぬ。
  • 923,578,79,2289一朝にして凋落し、諸大名は地方に割據し、やがて尊攘論の隆盛なると共に京都
  • 1395,563,76,2324發して幕政を批議して止まず、慶永を途に要して暴行せんと迄企つるに至つた。
  • 688,564,77,2301て然らば、文久度の改革は幕威を囘復せしに非ずして、幕府沒落史の第一頁であ
  • 1513,569,75,2304輕・仲間・渡り徒士等輕輩の職を失へる者數萬人に及び、彼等は何れも怨嗟の聲を
  • 1276,560,79,2310幕府は周章の餘り、九月朔日令して、失職者は歸國・在府共に望む所に任せ、歸國す
  • 1748,578,74,2292つて滯留を希望する者がないでもなかつたが多數は欣然として妻孥家臣を具
  • 1628,574,75,2295して郷地に歸還するといふ有樣であつた。更に又供連の制を省略せる結果、足
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