『維新史』 維新史 3 p.231

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

經て公家に入説せしめたのであつた。, した。是に於いて瑞山は平井善之丞・小南五郎右衞門等と謀り、在京の同志をし, るもので、具視の自著「續叢裡鳴蟲」(慶應元年記)に依れば、, たるを以て、土藩も亦時勢に後れること勿るべしと激勵した。審次郎は内勅の, つた。例へば文久二年五月、勅使大原重徳の下向に際して、所謂三事策が決せら, テ尚ホ力ノ足ラサルコト有ラハ、他ノ諸大藩ニ頼ラント欲セシナリ。海岸ノ, れたが、其の第二策の「使沿海之大藩五國稱五大老」とは實に岩倉具視の發案に係, 當時は朝廷に於かせられても、次第に土州藩の實力を認めさせ給へる時であ, て藩主への内勅下賜を周旋せしめるに決し、河野萬壽彌・弘瀬健太, 又朝議ノ第二策ハ、其意幕府ノ故格ヲ破リ、威權ヲ殺クニ在リ。薩長二藩ニシ, 定廣に賜れる内勅の寫を示し、朝議は已に勅使を關東に下向せしめるに一決し, 寫を拜受し、之を密かに國許に送附したが、猶焦躁の極、自ら歸國して瑞山を激勵, の三人に命を含めて、三條家家司富田織部・薩藩の本田彌右衞門・藤井良節等を, し尊攘派の島本審次郎, は、一夕久坂玄瑞を訪れたが、玄瑞は去る五月朔日毛利, 小畑孫三郎, 定, 年, 仲, 道, する御依, 朝廷の土, 州藩に對, 頼, 第三章土州藩の擡頭第二節山内豐範の入京, 二三一

割注

頭注

  • する御依
  • 朝廷の土
  • 州藩に對

  • 第三章土州藩の擡頭第二節山内豐範の入京

ノンブル

  • 二三一

注記 (26)

  • 1041,549,59,1091經て公家に入説せしめたのであつた。
  • 1410,555,63,2306した。是に於いて瑞山は平井善之丞・小南五郎右衞門等と謀り、在京の同志をし
  • 568,553,61,1574るもので、具視の自著「續叢裡鳴蟲」(慶應元年記)に依れば、
  • 1647,560,61,2295たるを以て、土藩も亦時勢に後れること勿るべしと激勵した。審次郎は内勅の
  • 805,556,65,2294つた。例へば文久二年五月、勅使大原重徳の下向に際して、所謂三事策が決せら
  • 332,618,66,2221テ尚ホ力ノ足ラサルコト有ラハ、他ノ諸大藩ニ頼ラント欲セシナリ。海岸ノ
  • 687,553,65,2303れたが、其の第二策の「使沿海之大藩五國稱五大老」とは實に岩倉具視の發案に係
  • 924,610,63,2241當時は朝廷に於かせられても、次第に土州藩の實力を認めさせ給へる時であ
  • 1287,554,67,1891て藩主への内勅下賜を周旋せしめるに決し、河野萬壽彌・弘瀬健太
  • 449,615,65,2230又朝議ノ第二策ハ、其意幕府ノ故格ヲ破リ、威權ヲ殺クニ在リ。薩長二藩ニシ
  • 1764,560,63,2298定廣に賜れる内勅の寫を示し、朝議は已に勅使を關東に下向せしめるに一決し
  • 1527,552,67,2306寫を拜受し、之を密かに國許に送附したが、猶焦躁の極、自ら歸國して瑞山を激勵
  • 1164,579,65,2274の三人に命を含めて、三條家家司富田織部・薩藩の本田彌右衞門・藤井良節等を
  • 1887,562,55,659し尊攘派の島本審次郎
  • 1890,1315,57,1545は、一夕久坂玄瑞を訪れたが、玄瑞は去る五月朔日毛利
  • 1298,2529,53,327小畑孫三郎
  • 1281,2469,41,42
  • 1333,2468,38,40
  • 1921,1244,38,36
  • 1876,1244,39,37
  • 860,285,41,170する御依
  • 950,283,40,172朝廷の土
  • 905,283,43,172州藩に對
  • 818,284,44,38
  • 224,698,52,1194第三章土州藩の擡頭第二節山内豐範の入京
  • 233,2361,45,109二三一

類似アイテム