『維新史』 維新史 3 p.323

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撃攘に托して、實は尊攘派を威壓するに一決したのであつた。, 等を隨へて十二月十五日江戸, 力説した。是に於いて幕議は重職をして兵を具し、急ぎ京都に上らせ、名を外夷, を以て朝廷を尊崇せられるに非ずんば、遂に天下は四分五裂するに至るべしと。, 二月九日には容保も亦赴任の途に上り、二十四日入京して黒谷金戒光明寺に館, 偶〻遣歐使節竹内保徳, 迫らうとするの新聞記事を幕府に急報する所があつた。されば老中板倉勝靜・, しく禁闕を守護し奉り、夷艦若し來らば斷然撃攘するの方策を講ずべきことを, 老中格小笠原長行等は十一月二十五日連署して、書を幕府に上り、京都守護職松, 藩は之に反して慇懃を盡し奉れるが故なるべく、重職一同速かに上京して、誠意, に京坂の要地を固めしめ、一橋慶喜も急ぎ上京し、續いて將軍家亦上洛ありて、親, も朝廷に貫通せざるはなく、これ畢竟關東にては朝廷を尊崇し奉る事の薄く、外, 平容保を急ぎ西上せしめ、猶旗本の精兵數隊をも派遣して、畿内近國の諸藩と共, も亦、佛國軍艦近く大坂に入港して、朝廷に條約勅許を, 松平容保の先發諸隊は、同月二十八日以降逐次上京の途に就いたが、越えて十, した。又慶喜は家老大澤秉哲, ・戸田氏著, 能登, 豐後, 下野, 守, 守, 守, の報告, 遣歐使節, の建議, 板倉勝靜, 松平容保, の入京, 第五章政權復歸の兆第一節將軍家茂の上洛, 三二三

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  • 能登
  • 豐後
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  • の報告
  • 遣歐使節
  • の建議
  • 板倉勝靜
  • 松平容保
  • の入京

  • 第五章政權復歸の兆第一節將軍家茂の上洛

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  • 三二三

注記 (31)

  • 693,552,58,1775撃攘に托して、實は尊攘派を威壓するに一決したのであつた。
  • 335,1990,56,866等を隨へて十二月十五日江戸
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