『維新史』 維新史 3 p.338

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置し易きも、彼等の背後には常に影武者あるが故に如何とも爲し難く、旁〻斯かる, を擇ぶ以外に途なきことを述べて、決斷を促す所があつた。是に對し輔熙・忠熙, 信の四人は近衞忠熙を訪れ、宮と關白と列座の席上にて、慶喜より、方今の情勢は, 幕府より斷然政權を朝廷に返上せられるか、或は朝廷より重ねて大權を幕府に, 人心の方向一定せずして全く混沌たること、大政委任か政權奉還か、二者其の一, は、關白の職は全く有名無實に過ぎない。硬論を唱ふる者が堂上のみならば處, 重大事を即決することは至難であるとて躊躇したが、漸くにして、自分としては、, 庶政關東へ御委任の儀は自明の理と思惟する故、將軍上洛の曉は改めて仰出さ, 一同の同意を得た。仍つて慶喜と慶永とは同夜直ちに中川宮, へて可否を決するがよからうと仰せられた。越えて二十一日、慶喜・慶永・容保・豐, した。席上慶永は、政局の不安は畢竟政令二途に出づるが爲であるから、此の際, 委任せられるか、二者何れかに決するに非ざれば、治安は望むべからずと論じて、, づ鷹司關白と腹藏なく意見を鬪はし、然る後議奏・武家傳奏及び國事御用掛を交, 邸に推參して、之を言上せるに、宮は直ちに御贊成遊ばされ、先, 勅を賜り、次いで二月十七, 正月二十九日特旨を以, 日中川宮と稱せしめらる, て青蓮院宮に復飾の内, の政令歸, 一の議, 會合, 松平慶永, 近衞邸の, 第十編朝權の確立, 三三八

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  • 勅を賜り、次いで二月十七
  • 正月二十九日特旨を以
  • 日中川宮と稱せしめらる
  • て青蓮院宮に復飾の内

頭注

  • の政令歸
  • 一の議
  • 會合
  • 松平慶永
  • 近衞邸の

  • 第十編朝權の確立

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  • 三三八

注記 (25)

  • 430,568,65,2300置し易きも、彼等の背後には常に影武者あるが故に如何とも爲し難く、旁〻斯かる
  • 672,569,62,2302を擇ぶ以外に途なきことを述べて、決斷を促す所があつた。是に對し輔熙・忠熙
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