『維新史』 維新史 3 p.112

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の輔佐としてなりとも、政務を執らしめるのが宜しからう。又慶永をして大老, きであると。將軍は謹んで、猶篤と勘考の上、御請に及ぶべき旨を奉答した。, 十一日、松平容保・松平慶永及び老中等は營中に於いて前尾州藩主徳川慶勝・同, 召されて仰出されたのであるから、假令差支のことがあるとも、速かに奉承すべ, 大老の職を執らしめるやうにしたが宜しからう。是は徳川家中興のことを思, を任命することを欲せず、特に慶喜の登用に至りては最も難色を示した。十三, 日、重徳は再び柳營に臨み、容保・慶永及び老中等と黒書院に會して、決答を促した, と會し、勅諚降下の始末を傳へて協議したが、老中等は他より容喙せられて重職, 藩主徳川茂徳, であるから、名目に差支へるといふならば、政事總裁職としてなりとも、其の實は, 頼の後見職を免じて間もないことであつて、差支へるといふならば、名目は將軍, が、老中等は猶も依違して、奉承しなかつた。是に於いて翌日、久光は其の姻戚で, 及び一橋慶喜, たらしめることは、元來大老には譜代の重臣を以て任じた。然るに慶永は家柄, ある老中脇坂安宅を訪うて、切に朝旨を遵奉すべき旨を勸告し、次いで十六日、重, ・水戸藩主徳川慶篤, ・紀州藩主徳川茂承, 權中, 納言, 納言, 權大, 權中, 納言, 慶喜慶永, 登用に對, 有司の態, する幕府, 久光の奔, 走, 度, 第十編朝權の確立, 一一二

割注

  • 權中
  • 納言
  • 權大

頭注

  • 慶喜慶永
  • 登用に對
  • 有司の態
  • する幕府
  • 久光の奔

  • 第十編朝權の確立

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  • 一一二

注記 (32)

  • 1647,565,69,2301の輔佐としてなりとも、政務を執らしめるのが宜しからう。又慶永をして大老
  • 1051,560,69,2190きであると。將軍は謹んで、猶篤と勘考の上、御請に及ぶべき旨を奉答した。
  • 933,623,68,2238十一日、松平容保・松平慶永及び老中等は營中に於いて前尾州藩主徳川慶勝・同
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