『維新史』 維新史 4 p.486

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て干戈を動かし難き故、極めて寛大の處置を以て對すべし。然らば長州も之に, へ、其の餘は削封すべきであると論じ、兩々相持して讓らなかつた。是に於いて, 收するが至當であらう。若し恩惠を施すべしとすれば、防長の内十五萬石を興, 遂に十四日には勝靜・長行は、此の上は台慮を伺ふべしとて、佛然大坂に歸るに至, らば、海内諸藩の嘲笑を招くのみならず、引續き干戈を動かさざるを得ざるに至, 服するであらうと主張した。是に對し慶喜は、長州の叛跡顯然たれば、領土を沒, り、天下の〓患は愈〻深く、結局幕府の威勢氣力共に盡き果て、糜亂鼎沸の世と成る, 敬親父子を蟄居處分に附するは慶喜の所論に從ふことに決し、幕議は辛くも〓, 續行せられた。席上兩閣老は、再訊問を行ふも詮なく、又幕府目下の情勢よりし, つた。容保・定敬は事態の惡化を憂へ、慶喜と老中との間を調停したので、勝靜・長, 行は十九日再び上京し、協議を重ねた結果、削封は老中の意見に從ひ十萬石とし、, であらうといふにあつた。, た。兩人は即日慶喜・容保・定敬と會し、長州處分問題を議し、會議は數日に亙つて, 小笠原長行は、慶喜等と協議の爲上京し, 慶應二年正月七日老中板倉勝靜, 伊賀, 守, 長州處分, 老中と慶, の幕議決, 喜との對, 立, ず, 第十五編第二囘征長の役, 四八六

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  • 伊賀

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  • 長州處分
  • 老中と慶
  • の幕議決
  • 喜との對

  • 第十五編第二囘征長の役

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  • 四八六

注記 (25)

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