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とある。かく御拜の儀進ませられてゐる際、丑刻計, せられても、如何ばかり玉體を勞させられたか、拜察に餘りある。, を渡させられる爲であつたが、慶喜は腹痛の爲山下, 次公卿獻幣帛, れた。是は攘夷の節刀, であつた, であつた。奉仕した橋本實麗が其の日記に「疲勞、殊御拜之間於本宮者, 明加護也。相公羽林同樣之事、後被語了」(實麗卿記)とあるのを見ると、天皇に於か, の寺院に靜養して、御召を拜辭したので、遂に此の事は行はれなかつた。かくて, 之間乍起璽之役凡二時許、腰痛差發困窮無謂計、然而無異勤仕依神, に俄に慶喜を召させら, 石清水社行幸に就いて、將軍家茂及び一橋慶喜の進退は世人の指彈する處で, 雖跪、攝社, ので、徹宵の御祈願と拜せられる。御滯りなく宮中に還御あらせられたのは申, 祈願終らせられて、豐藏坊を出御あらせられたのは十二日卯刻過, 半刻, 俗別當已下退去于東門外, 俗別當神主等捧御幣奉神前, 次俗別當歸進申返祝詞, 次公卿召俗別當神主等配賜御幣, 御奉幣了而賜御幣於供進人, 次著御幣殿, 時過, 午後, 五時, 午前六, 午前, 拍手, 先中御前, 之御劍, 鞘卷眞, 次西次東, 打交, 十五, 二時, 捧, 社, 捧, 二, 三, 慶喜の進, 退, 第一章尊攘運動の極盛第二節賀茂社・石清水社行幸, 三九三
割注
- 時過
- 午後
- 五時
- 午前六
- 午前
- 拍手
- 先中御前
- 之御劍
- 鞘卷眞
- 次西次東
- 打交
- 十五
- 二時
- 捧
- 社
- 二
- 三
頭注
- 慶喜の進
- 退
柱
- 第一章尊攘運動の極盛第二節賀茂社・石清水社行幸
ノンブル
- 三九三
注記 (44)
- 1413,556,61,1483とある。かく御拜の儀進ませられてゐる際、丑刻計
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- 1291,1375,61,1485を渡させられる爲であつたが、慶喜は腹痛の爲山下
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- 1175,561,65,2300の寺院に靜養して、御召を拜辭したので、遂に此の事は行はれなかつた。かくて
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