『維新史』 維新史 3 p.416

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と重ねて有難き勅諚を拜したのである。, 眞の御太刀一腰を拜受した。是の時下された御沙汰書には、, 州本支藩と種々打合せをなし、漸く四月十七日を以て岩國を出立して、上京の途, は藩士杉徳輔に手書を授けて岩國に遣し、經幹の上京を促さしめたが、經幹は長, 國相願候段、御遺憾被思召候へども、一先願之通被仰出候。尚又叡慮貫徹候樣, 許を蒙つてゐる定廣の京都に於ける活動は依然として尊攘派の中心勢力を爲, 沙汰に從ひ、吉川經幹の上京するを待たねばならなかつた。三月二十七日定廣, に就いた。併しながら其の間京都は決して平穩ではなく、從つて既に賜暇の勅, 昨年來勤王之志相勵周旋之段、叡感不斜候。今般父宰相所勞、且爲自國防禦歸, 禦に遺漏なきを期すべしとて、長州藩の兵庫警衞を免じ、其の固めを津山・津和野・, 岡藩に命じた。又四月七日に定廣は召により參内して龍顏を拜し、天盃を賜り, 長州藩にあつては、斯く世子の歸國と兵庫警衞の免除とは聞屆けられたが、御, 周旋可有之、御沙汰候事。, うて、兵庫警衞免除の請願に就いて諒解を求めたが、晦日に至つて、幕府は對州防, 周旋可有之、御沙汰候事。(防長囘天史), 免除, 毛利定廣, 利定廣の, 歸國の勅, 歸國前毛, 兵庫警衞, 活動, 許, 第一章尊攘運動の極盛第四節姉小路公知の遭難, 四一七

頭注

  • 免除
  • 毛利定廣
  • 利定廣の
  • 歸國の勅
  • 歸國前毛
  • 兵庫警衞
  • 活動

  • 第一章尊攘運動の極盛第四節姉小路公知の遭難

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  • 四一七

注記 (25)

  • 1063,559,58,1158と重ねて有難き勅諚を拜したのである。
  • 1539,561,58,1775眞の御太刀一腰を拜受した。是の時下された御沙汰書には、
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