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城を辭した。慶喜は二十四日書を關白に送つて、三度將軍後見職の辭表を上つ, 御耻辱無此上奉存候。淺智微力之私輩此行末中々忠勤可仕遂見込無之候」(水戸, 々登營して幕政を輔翼すべしと命じたが、幕状に精通してゐる慶篤は日々の登, 牧野綱太郎を京都に遣して、朝廷に對し、攘夷實行の期日凡て幕府に御委任あら, せられたき旨の、將軍の親書を齎さしめた。又老中は連署を以て松平容保に宛, 藩史料)と、絶對に辭任の意を表したのである。幕府も亦略時を同じうして、使者, と云うてゐる。二十一日將軍は徳川慶篤を召見して、留守中の勞を慰め、爾後日, たが、曩に上奏した辭表には、攘夷に月日の期限が無ければ、在職も仕るべしと言, て、急速攘夷は迚も六ケ敷、萬國の形勢を篤と熟慮あつて京都向を周旋せられた, に藉口して「假令攘夷之期限無之見込之通被仰出候共、難, 及義分明ニ御座候, うてゐたのに、此の度の辭表には、薩長二藩と外國との間に新に生じた事件, 洋夷と萬一戰爭仕候得バ必敗無疑。敗軍仕候時ハ皇國之, 御處置も可有之候所、愚直之餘リ只管攘夷之御趣意相守、遂ニ今日之場合ニ至, リ案外仕候事、全先見不相立供奉奉職無状之故う奉存候。(癸亥祕記, 砲撃事件及び薩州藩と英國との交, 渉を指す。第十一編第二章參照, 長州藩, の外船, 略, 攘夷期日, 委任の上, 一橋慶喜, の第三囘, 辭表, 表, 第一章尊攘運動の極盛第五節將軍の東歸, 四五一
割注
- 砲撃事件及び薩州藩と英國との交
- 渉を指す。第十一編第二章參照
- 長州藩
- の外船
- 略
頭注
- 攘夷期日
- 委任の上
- 一橋慶喜
- の第三囘
- 辭表
- 表
柱
- 第一章尊攘運動の極盛第五節將軍の東歸
ノンブル
- 四五一
注記 (28)
- 1413,542,59,2300城を辭した。慶喜は二十四日書を關白に送つて、三度將軍後見職の辭表を上つ
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- 457,554,61,2300せられたき旨の、將軍の親書を齎さしめた。又老中は連署を以て松平容保に宛
- 692,544,62,2312藩史料)と、絶對に辭任の意を表したのである。幕府も亦略時を同じうして、使者
- 1648,540,60,2308と云うてゐる。二十一日將軍は徳川慶篤を召見して、留守中の勞を慰め、爾後日
- 1295,542,60,2311たが、曩に上奏した辭表には、攘夷に月日の期限が無ければ、在職も仕るべしと言
- 338,550,61,2303て、急速攘夷は迚も六ケ敷、萬國の形勢を篤と熟慮あつて京都向を周旋せられた
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- 927,546,56,531及義分明ニ御座候
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