Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
て畫策するところがあつた。, 巳刻頃, 乘船し、翌曉順風を俟つて解纜した。, 二十七日徳山に上陸して、同夜三田尻の招賢閣に入つた。, め長州藩では、十八日の政變の報を得て大いに驚いたが、未だ事の眞相を審かに, し、中村九郎・桂小五郎・寺島忠三郎・久坂玄瑞・佐々木男也等十餘人は、潛かに入京し, 盆田右衞門介は此の際三條實美等の七卿が、不慮の大變によつて朝譴を蒙り、, に入り、雪寃の周旋を行ひ度いと述べて暇を請うた。かくて右衞門介を始めと, 翌二十日早朝程を發し、風雨盆〻甚しい中を西宮に至つて一泊し、二十一日湊川を, 整へて程を發した。山崎を經て薄暮攝津國芥川驛に至り、假寢の一夜を明した。, 長州藩も其の立場を失つた事は實に遺憾である。自分等は此處から再び京地, せず、後報相踵いで來るに及び、闔藩對策に腐心したのであつた。同藩は朝譴を, り、夜亥刻頃, 過ぎて楠公の墓に詣で、晝頃兵庫に著いた。此處から海路長州藩に赴く事とな, 兵庫を解續した一行は、二十三日備後國鞆浦に假泊し、二十五日廣島を過ぎり、, 伏見に至り、七卿は卷立髮を改めて髷に結ひ、他の指目を避け、旅裝を, 初, 東久世・澤の二卿は乘船の都, 合により前日三田尻に至つた, 午前十, 時頃, 時頃, 十一, 下と長州, 七卿の西, 再入京, 門介等の, 盆田右衞, 藩, 第三章八月十八日の政變第三節政變の顛末, 五七丸
割注
- 東久世・澤の二卿は乘船の都
- 合により前日三田尻に至つた
- 午前十
- 時頃
- 十一
頭注
- 下と長州
- 七卿の西
- 再入京
- 門介等の
- 盆田右衞
- 藩
柱
- 第三章八月十八日の政變第三節政變の顛末
ノンブル
- 五七丸
注記 (31)
- 818,556,57,809て畫策するところがあつた。
- 1894,554,52,183巳刻頃
- 1411,1028,60,1024乘船し、翌曉順風を俟つて解纜した。
- 583,556,61,1642二十七日徳山に上陸して、同夜三田尻の招賢閣に入つた。
- 462,556,65,2297め長州藩では、十八日の政變の報を得て大いに驚いたが、未だ事の眞相を審かに
- 932,558,67,2297し、中村九郎・桂小五郎・寺島忠三郎・久坂玄瑞・佐々木男也等十餘人は、潛かに入京し
- 1290,611,64,2255盆田右衞門介は此の際三條實美等の七卿が、不慮の大變によつて朝譴を蒙り、
- 1051,555,65,2299に入り、雪寃の周旋を行ひ度いと述べて暇を請うた。かくて右衞門介を始めと
- 1649,554,65,2304翌二十日早朝程を發し、風雨盆〻甚しい中を西宮に至つて一泊し、二十一日湊川を
- 1771,551,66,2318整へて程を發した。山崎を經て薄暮攝津國芥川驛に至り、假寢の一夜を明した。
- 1166,550,70,2304長州藩も其の立場を失つた事は實に遺憾である。自分等は此處から再び京地
- 340,556,64,2300せず、後報相踵いで來るに及び、闔藩對策に腐心したのであつた。同藩は朝譴を
- 1409,554,53,321り、夜亥刻頃
- 1527,557,64,2294過ぎて楠公の墓に詣で、晝頃兵庫に著いた。此處から海路長州藩に赴く事とな
- 701,618,64,2249兵庫を解續した一行は、二十三日備後國鞆浦に假泊し、二十五日廣島を過ぎり、
- 1895,895,61,1964伏見に至り、七卿は卷立髮を改めて髷に結ひ、他の指目を避け、旅裝を
- 593,2805,49,47初
- 619,2218,43,563東久世・澤の二卿は乘船の都
- 574,2218,43,560合により前日三田尻に至つた
- 1925,755,40,118午前十
- 1876,756,43,76時頃
- 1395,910,41,79時頃
- 1448,910,32,66十一
- 653,288,42,170下と長州
- 699,293,42,166七卿の西
- 1191,288,42,126再入京
- 1239,287,39,165門介等の
- 1283,288,40,169盆田右衞
- 610,287,41,41藩
- 232,697,55,1203第三章八月十八日の政變第三節政變の顛末
- 242,2359,47,135五七丸







