『維新史』 維新史 3 p.653

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と記し、其の發途を促した。, は、藩地に在つて遙かに京都の風雲の去來を望んでゐ, 大久保忠寛, り、島津久光の上京を告げ、慶永の出馬を促した。十月六日慶永は、, 邦は慶永に書を送り、「關東ニ而閣下御上京之風聞盛ニ而、既に御發途と承居候處、, たが、其の上京は公武合體派の切望する所であつた。九月十日軍艦奉行並勝義, 島津三郎其他上京前にも御憤發御發途御座候樣奉存候」(續再夢紀事)と記し、寄合, 未た實説を不得、内々闍老初有志之者ハ、一日千秋之思を仕居候儀ニ而御座候間、, 朝譴を蒙つた松平慶永, 方今之形勢公平正大之議論を以、朝廷を不奉助候而は、迚も神州挽囘公武御一, との御沙汰を拜し、翌日上京を命ぜられた。八日島津久光は慶永に書を送り、, 春來不束之儀有之ニ付、今般御詫状差出達叡聞候處、被聞食勅免被仰出候。, 和之道も有之間敷と愚考仕、未一句も獻言不仕、偏ニ尊兄等之御上京奉待候間、, も切に其の上京を促した。薩州藩士も福井藩の要路に書を送, 右意味深御汲受、早々御發途被成候樣萬々奉希望候。(續再夢紀事, (續再夢紀事), 越中守, 一翁, 春, 嶽, 松平慶永, 促す, の上京を, 慶永の召, 勝義邦等, 命, 第十二編公武合體運動の進展, 六五四

割注

  • 越中守
  • 一翁

頭注

  • 松平慶永
  • 促す
  • の上京を
  • 慶永の召
  • 勝義邦等

  • 第十二編公武合體運動の進展

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  • 六五四

注記 (28)

  • 203,562,58,744と記し、其の發途を促した。
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