『維新史』 維新史 3 p.665

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

を正使とし、, 河田熙, の效果を現して來たものと言へるのである。, 議・幕議は、共に歸一しなかつた、九月二十一日幕府は、井伊直憲, 松平容保を副使とし、長州藩に赴いて藩主父子を江戸に召致せしめようと計つ, とせられた。かかる事情は、京都に於ける公武合體の運動が、茲に至つて漸く其, 節を外國に派遣する事に決し、是によつて一には鎖港問題に就いて因循の譏を, 此度於關東鎖港及談判旨言上有之候間、攘夷之儀總テ得幕府之指揮輕擧暴發, 既に述べた如く、政變後長州藩は〓りに京都に於ける形勢の挽囘を計つたが、, 一度失つた地盤は容易に恢復されなかつた。而して長州藩處分に就いての朝, 免れると共に、一には使節派遣中に局面の轉換する事を期したのである。十一, 幕府はかく攘夷問題に就いては當面を糊塗したが、更に横濱鎖港談判の爲使, 月二十八日外國奉行池田長發に横濱鎖港談判正使を、同河津祐邦に副使を、目付, たが、實現するに至らなかつた。十一月長州藩家老井原主計が、奉勅始末及び取, 之輩無之樣、諸藩家來末々迄可示聞事。, に同行を命じたのである。, 之輩無之樣、諸藩家來末々迄可示聞事。(北原雅長私記〕, (北原雅長私記), 十二月二十七, 日程を發す, 掃部, 貫之助, 後相模守, 頭, 長州藩處, 外國に使, 節派遣の, 分の議決, せず, 議, 第十二編公武合體運動の進展, 六六六

割注

  • 十二月二十七
  • 日程を發す
  • 掃部
  • 貫之助
  • 後相模守

頭注

  • 長州藩處
  • 外國に使
  • 節派遣の
  • 分の議決
  • せず

  • 第十二編公武合體運動の進展

ノンブル

  • 六六六

注記 (32)

  • 450,2547,55,336を正使とし、
  • 813,564,53,183河田熙
  • 1400,578,56,1284の效果を現して來たものと言へるのである。
  • 448,563,61,1831議・幕議は、共に歸一しなかつた、九月二十一日幕府は、井伊直憲
  • 323,562,62,2304松平容保を副使とし、長州藩に赴いて藩主父子を江戸に召致せしめようと計つ
  • 1509,568,63,2313とせられた。かかる事情は、京都に於ける公武合體の運動が、茲に至つて漸く其
  • 1158,563,64,2306節を外國に派遣する事に決し、是によつて一には鎖港問題に就いて因循の譏を
  • 1742,643,66,2231此度於關東鎖港及談判旨言上有之候間、攘夷之儀總テ得幕府之指揮輕擧暴發
  • 683,623,61,2259既に述べた如く、政變後長州藩は〓りに京都に於ける形勢の挽囘を計つたが、
  • 566,579,61,2293一度失つた地盤は容易に恢復されなかつた。而して長州藩處分に就いての朝
  • 1043,563,61,2292免れると共に、一には使節派遣中に局面の轉換する事を期したのである。十一
  • 1274,635,64,2234幕府はかく攘夷問題に就いては當面を糊塗したが、更に横濱鎖港談判の爲使
  • 925,561,62,2308月二十八日外國奉行池田長發に横濱鎖港談判正使を、同河津祐邦に副使を、目付
  • 200,563,62,2302たが、實現するに至らなかつた。十一月長州藩家老井原主計が、奉勅始末及び取
  • 1631,642,59,1088之輩無之樣、諸藩家來末々迄可示聞事。
  • 812,984,55,747に同行を命じたのである。
  • 1629,643,61,2156之輩無之樣、諸藩家來末々迄可示聞事。(北原雅長私記〕
  • 1630,2408,51,396(北原雅長私記)
  • 842,1746,38,253十二月二十七
  • 794,1751,42,205日程を發す
  • 478,2429,42,86掃部
  • 843,780,40,170貫之助
  • 795,778,42,170後相模守
  • 434,2430,41,36
  • 697,303,40,166長州藩處
  • 1313,309,42,165外國に使
  • 1270,309,39,161節派遣の
  • 651,302,43,167分の議決
  • 612,307,34,70せず
  • 1223,307,42,38
  • 1864,725,49,751第十二編公武合體運動の進展
  • 1860,2384,41,123六六六

類似アイテム