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ハ事充分なるへし。又廟議斯の如く決せられし上、或ハ毛利家父子を呼出さる, 征は行ひ難いから、「先以て廟議を必討に決せられ、其討手にハ紀侯御名代然るへ, 見も合體し居れハ會藩に命せられ、其上に長防傍近の諸侯に援助せしめられな, 樣にも計らハるへし。兎角毛利家服罪に至らされハ朝廷に於て御安心遊はさ, れす、諸侯も亦服すましきなり。開鎖の件も一大難事なれと、是ハ今後毎事朝旨, を遵奉せられ、十二分の御合體となりなは其得失を辨せらるゝ位は容易なるへ, し」(續再夢紀事)との意見であつた。伊達宗城の正月九日の日記には、, 長門處置密話決著, し。若幼弱なりとの懸念あらは別に副帥を置き、其任にハ兵力も強く君臣の意, ゝか、或ハ此方より使を發せらるゝか、平和の手段あらハ是も衆議によりて如何, とあり、在京諸侯の協議は略内決した事を示してゐる。, 御名代紀州、副將會津、加勢薩、加賀、肥後、因、備前、小倉、中津、久留米、梁川、加, 因州藩主池田慶徳は正月十日家老荒尾但馬, を名代として上京せしめ、長文, 九名, 成, 裕, 池田慶徳, の處分意, 處分意見, の長州藩, ぼ内決す, 處分策ほ, 一橋慶喜, 見, 第十二編公武合體運動の進展, 六六八
割注
- 成
- 裕
頭注
- 池田慶徳
- の處分意
- 處分意見
- の長州藩
- ぼ内決す
- 處分策ほ
- 一橋慶喜
- 見
柱
- 第十二編公武合體運動の進展
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- 六六八
注記 (27)
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