『維新史』 維新史 3 p.675

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二將軍家茂の優遇, としてゐるとの巷説があつたが爲である。, 君臣の分を明かにして天下の人心を收攬する必要のあることを説いた。, 日一橋慶喜は、松平直克及び老中等と共に將軍に〓し、朝旨優渥にして、且つ在京, 傳奏野宮定功を遣され、其の入京を祝し給ひ、且つ特に板輿を下賜あらせられた。, 公武合體の畏き叡慮に基き、前年に異る御優遇を賜つたのである。されば此の, の諸大名は朝幕間の幹旋に努めてゐるが故に、永く滯京して公武一和を圖り、幕, 蜂須賀齊裕も亦、十八日將軍に〓して、公武一和に就いて種々意見を開陳し、先づ, 越えて正月二十日には、俄に勅使として坊城俊克・野宮定功を二條城に遣され、, 府の衰運を挽囘すべしと進言した。松平慶永・山内豐信・伊達宗城及び阿州藩主, 常に備へ、行裝甚だ盛であつた。これ當時浪士が潛伏して、將軍に害を加へよう, 將軍が二條城に到著するや、翌十六日勅使として權大納言坊城俊克及び武家, 將軍家茂, に右大臣陞任の御内意を傳達せしめ給うた。これ即ち將軍が二, 内大, 臣陞任, 將軍右大, 第十二編公武合體運動の進展, 六七六

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  • 内大

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  • 臣陞任
  • 將軍右大

  • 第十二編公武合體運動の進展

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  • 六七六

注記 (19)

  • 457,985,61,592二將軍家茂の優遇
  • 1637,584,62,1224としてゐるとの巷説があつたが爲である。
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  • 1390,579,75,2316傳奏野宮定功を遣され、其の入京を祝し給ひ、且つ特に板輿を下賜あらせられた。
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