『維新史』 維新史 3 p.693

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に補したのである。, 至つた。偶、三月中旬、京都守護職松平慶永, 守衞兵となし、或は書を水戸藩家老武田耕雲齋に送つて、, て固辭した爲に實現しなかつた。乃ち三月二十五日、幕府は朝裁を仰いで、慶喜, 或は攝海警備總督に任ずべしとの論もあつたが、慶永が自ら其の任に非ずとし, 之結構重大之任を蒙り、源烈樣, 然るに元來一橋家には、主君の身邊を警護する僅かの手兵があるのみであつ, て、慶喜が禁裏御守衞總督の重職に就いて、京都警備の任に當るや、手兵の増強が, 慶永を新に海軍總裁職に任じて、攝海築堡の事を監せしめようとの議も行はれ、, 路は、斯かる形勢を憂慮して、新に重職を設けて、幕府の頽勢を支へようと圖るに, 奉存候。昨年來段々盡力も有之、公武之御爲深く苦心も相懸候處、不測も前文, 急務となつた。茲に於いて、或は水戸藩の藩士を始め、神官・郷士・農民等を選んで, 今般禁裡御守衞總督、其外攝海防禦之大任蒙仰、一身ニ取り本意至極、難有仕合, が辭意を表明した時、, 御遺志ニ基き、尊攘之微意も相貫き可申と悦, 裏御守衞總督・攝海防禦指揮の職を設けて、慶喜を是, の將軍後見職を罷め、新に, 平容保に代つて就任, 元治元年二月十五日松, 齊, 本フ, 昭, 木水ド, 京都の警, 衞, 第十二編公武合體運動の進展, 六九四

割注

  • 平容保に代つて就任
  • 元治元年二月十五日松
  • 本フ
  • 木水ド

頭注

  • 京都の警

  • 第十二編公武合體運動の進展

ノンブル

  • 六九四

注記 (27)

  • 1047,565,53,536に補したのである。
  • 1624,565,65,1210至つた。偶、三月中旬、京都守護職松平慶永
  • 561,557,66,1632守衞兵となし、或は書を水戸藩家老武田耕雲齋に送つて、
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