『維新史』 維新史 4 p.23

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

の頃天皇は最も御倚頼遊ばされてゐた松平容保が京都を離れることを好ませ, 四月七日遂に其の辭任が許され、同日松平容保が再び京都守護職の重職に鷹る, 容保を軍事總裁職と爲し、京都守護職の後任に松平慶永を推したのであるが、此, られなかつた。偶、慶永が開國説を懷くとの説が流布したので、福井藩士は之を, うた。幕府重職の間には慶永が要職を去ることに異存があつて、何等かの名義, こととなつた。當時容保は病が重かつたが爲、京都守護職の辭表と陳情書とを, して如何であつたらうか。幕府は曩に征長の軍容を整へる爲、京都守護職松平, 長州藩が防長二州に蟠居して上國の形勢を注視してゐた時、京都の情勢は果, を以て要路に留まらしめようとした。併し福井藩の重臣が諸方に奔走した爲, 機會として京都守護職を辭すべきであると爲し、三月二十一日慶永は辭任を請, 越えて四月十一日には所司代の更迭が行はれ、稲葉正邦, 提出したが、幕府は心永く篤と加養すべしとて、之を許さなかつた。, に代つて松平定, 二朝廷及び幕府の長州對策, 美濃守, 淀藩主, 京都守護, 所司代更, 職再更迭, 迭, 第一章禁門の變第二節池田屋の變, 二三

割注

  • 美濃守
  • 淀藩主

頭注

  • 京都守護
  • 所司代更
  • 職再更迭

  • 第一章禁門の變第二節池田屋の變

ノンブル

  • 二三

注記 (22)

  • 1290,564,72,2279の頃天皇は最も御倚頼遊ばされてゐた松平容保が京都を離れることを好ませ
  • 710,566,70,2279四月七日遂に其の辭任が許され、同日松平容保が再び京都守護職の重職に鷹る
  • 1405,557,74,2289容保を軍事總裁職と爲し、京都守護職の後任に松平慶永を推したのであるが、此
  • 1174,563,71,2284られなかつた。偶、慶永が開國説を懷くとの説が流布したので、福井藩士は之を
  • 940,564,73,2294うた。幕府重職の間には慶永が要職を去ることに異存があつて、何等かの名義
  • 596,572,68,2284こととなつた。當時容保は病が重かつたが爲、京都守護職の辭表と陳情書とを
  • 1523,561,72,2285して如何であつたらうか。幕府は曩に征長の軍容を整へる爲、京都守護職松平
  • 1638,628,69,2215長州藩が防長二州に蟠居して上國の形勢を注視してゐた時、京都の情勢は果
  • 824,565,72,2287を以て要路に留まらしめようとした。併し福井藩の重臣が諸方に奔走した爲
  • 1053,558,77,2291機會として京都守護職を辭すべきであると爲し、三月二十一日慶永は辭任を請
  • 351,638,68,1608越えて四月十一日には所司代の更迭が行はれ、稲葉正邦
  • 475,561,70,1908提出したが、幕府は心永く篤と加養すべしとて、之を許さなかつた。
  • 369,2410,58,444に代つて松平定
  • 1758,970,59,858二朝廷及び幕府の長州對策
  • 395,2263,41,127美濃守
  • 351,2264,42,126淀藩主
  • 1541,291,41,168京都守護
  • 408,298,41,170所司代更
  • 1496,289,42,169職再更迭
  • 362,300,42,37
  • 243,697,51,959第一章禁門の變第二節池田屋の變
  • 260,2385,43,74二三

類似アイテム