『維新史』 維新史 3 p.695

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

を拜したが, 日附の建白書に、, とて、庶政を幕府に御委任あらせられん事を奏請したのである。, 御委任被遊、公卿堂上ハ禁中之式事ヲ專トシ、國事ニ携リナキ方、皇國之御爲、却, 二月十六日優渥なる内勅を賜つたが、容保は其の奉答書の中に、, 尋いで三月十六日、幕府は朝旨を奉じて、在京の諸大名に國是に關する建白書, シ候事無御座候間、今日皇國之事體ニ於テモ、約ル所天下之萬機悉皆征夷府ヘ, し、或は幕府の朝廷尊崇を説き、公武一和の實を擧げて、人心安定を圖るが急務で, 萬機之大柄賞罰進退等、二派三派ニ分レ候テハ、天下騷亂之基ト相成、治平ニ歸, 豫諸大名は之を憂へ、山内豐信・伊達宗城・島津久光の如きは、既に元治元年正月の, 頃、共に政令歸一の必要を論じてゐた。又松平容保は京都守護職を去るに當り、, を提出せしめた。是に對する諸大名の答申には、或は攘夷鎖港・武備充實を主張, ある旨を記したものが多かつた。例へば筑前藩世子黒田慶贊の如きも、四月五, 其の後朝命幕令二途に岐れて、政局は甚しく紛糾した。參, テ御宜敷儀ト奉存候, テ御宜敷儀ト奉存候。(松平家譜), (松平家譜), 第二節參照, 第十編第五章, 第十二編公武合體運動の進展, 六九六

割注

  • 第二節參照
  • 第十編第五章

  • 第十二編公武合體運動の進展

ノンブル

  • 六九六

注記 (21)

  • 1774,570,55,319を拜したが
  • 219,555,60,468日附の建白書に、
  • 815,559,79,1838とて、庶政を幕府に御委任あらせられん事を奏請したのである。
  • 1036,626,89,2239御委任被遊、公卿堂上ハ禁中之式事ヲ專トシ、國事ニ携リナキ方、皇國之御爲、却
  • 1399,565,76,1841二月十六日優渥なる内勅を賜つたが、容保は其の奉答書の中に、
  • 688,622,89,2237尋いで三月十六日、幕府は朝旨を奉じて、在京の諸大名に國是に關する建白書
  • 1155,634,86,2217シ候事無御座候間、今日皇國之事體ニ於テモ、約ル所天下之萬機悉皆征夷府ヘ
  • 444,557,85,2296し、或は幕府の朝廷尊崇を説き、公武一和の實を擧げて、人心安定を圖るが急務で
  • 1272,623,88,2240萬機之大柄賞罰進退等、二派三派ニ分レ候テハ、天下騷亂之基ト相成、治平ニ歸
  • 1624,558,88,2306豫諸大名は之を憂へ、山内豐信・伊達宗城・島津久光の如きは、既に元治元年正月の
  • 1510,560,84,2323頃、共に政令歸一の必要を論じてゐた。又松平容保は京都守護職を去るに當り、
  • 565,560,91,2297を提出せしめた。是に對する諸大名の答申には、或は攘夷鎖港・武備充實を主張
  • 318,558,86,2296ある旨を記したものが多かつた。例へば筑前藩世子黒田慶贊の如きも、四月五
  • 1742,1191,80,1679其の後朝命幕令二途に岐れて、政局は甚しく紛糾した。參
  • 947,633,63,592テ御宜敷儀ト奉存候
  • 929,630,80,2155テ御宜敷儀ト奉存候。(松平家譜)
  • 930,2514,50,276(松平家譜)
  • 1753,905,45,219第二節參照
  • 1798,904,43,266第十編第五章
  • 1882,712,52,758第十二編公武合體運動の進展
  • 1868,2376,41,122六九六

類似アイテム