『維新史』 維新史 4 p.10

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三田尻にては藩の練兵を閲し、八日宇部岬, に於いて家老福原越後, との氣勢を示した。, 利元周, 毛利家の萬治制法を藩士に示すことを例としてゐたが、此の年は特に藩祖の軍, 令をも嚴に申渡した。何れも士氣を振起する爲であつた。又一面支藩との連, の病を問はしめ、少しにても快方なれば急ぎ山口に來るべしと勸め、支藩長府藩, 練、壬戌丸の運轉及び菊濱土〓の檢分を行つた。從來長州藩では正月十五日に, を〓して、山口に歸つた。藩主慶親も亦十二日萩に赴いて、大砲發射、歩騎兵の操, 絡を密ならしめるに努め、正月十九日には家老福原越後を岩國に遣し、吉川經幹, は、先づ山口に赴いて暇を請ひ、若しそれが許されなければ、〓藩しても上京せん, に對しても、正月二十二日家老國司信濃・軍務役兼重讓藏を同地に遣して、藩主手, 此の時に當つて、長州藩諸隊の最も遺憾としてゐたことは、藩主慶親父子の雪, 冤の實が擧らないことであつた。時に宮市に滯陣中の遊撃軍來島又兵衞, に同軍の鎭撫を命じた。正月二十四日晉作は宮市, と防戰の計を謀議せしめた。, の隊兵, 世子定廣は、高杉晉作, 等, 厚狹, 東行, 左京, 春風, 個, 元, 郡, 亮, 久, 政, 諸隊の士, 氣, 京の計書, 遊撃軍上, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一〇

割注

  • 厚狹
  • 東行
  • 左京
  • 春風

頭注

  • 諸隊の士
  • 京の計書
  • 遊撃軍上

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

ノンブル

  • 一〇

注記 (35)

  • 1735,601,55,1197三田尻にては藩の練兵を閲し、八日宇部岬
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  • 1038,599,58,2282の病を問はしめ、少しにても快方なれば急ぎ山口に來るべしと勸め、支藩長府藩
  • 1501,595,57,2279練、壬戌丸の運轉及び菊濱土〓の檢分を行つた。從來長州藩では正月十五日に
  • 1615,605,57,2275を〓して、山口に歸つた。藩主慶親も亦十二日萩に赴いて、大砲發射、歩騎兵の操
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