『維新史』 維新史 4 p.19

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る。其の願書の一節に曰く、, 廷奉恐入候次第ニ御座候處、此度又々於大坂勅使御引請仕候樣被仰付候而は, から、暫く形勢を觀望するのが得策であると考へてゐた。此の意見は屡〻藩の要, 失敬之次第、臣子之至情不堪恐懼奉存候付、僅咫尺之事ニ候得者入京被差許、於, の勢力が漸次失墜しつつあるのに反して、長州藩の聲望が日々に高まつてゐる, 坂の情勢を報告したので、毛利慶親は直ちに重職の會議を催した結果、暫く自重, して上國に向ふべき氣勢を示したのであつた。, 路に入説せられたのである。殊に久坂玄瑞は三月十九日山口に歸つて、巨細京, することに決し、曩に下命せる家老國司信濃及び遊撃軍の上京を止め、書面を以, 闕下奉命被仰付候樣奉願上候。當今之時勢闕下之御模樣如何ニ〓傍觀難打, て朝命に對し、末家等の入京を差し許されたいと奏請することに決したのであ, の長州藩士桂小五郎北條瀬兵衞華及び久坂玄瑞等は、當時京都に於いて薩州藩, 併しながら上國に於ける輿論の微妙な動向に深い注意を拂つてゐた在京坂, 先達而家來井原主計上京申付候節、勸修寺殿於藤森御接待ニ相成候儀、奉對朝, 入京の請, 願, 第一章禁門の變第二節池田屋の變, 一九

頭注

  • 入京の請

  • 第一章禁門の變第二節池田屋の變

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  • 一九

注記 (18)

  • 823,584,54,803る。其の願書の一節に曰く、
  • 581,650,58,2216廷奉恐入候次第ニ御座候處、此度又々於大坂勅使御引請仕候樣被仰付候而は
  • 1405,583,57,2283から、暫く形勢を觀望するのが得策であると考へてゐた。此の意見は屡〻藩の要
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  • 1874,587,57,1348して上國に向ふべき氣勢を示したのであつた。
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