『維新史』 維新史 4 p.102

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を難じて切腹を命じたのである。, 慶篤の目代となつて水戸に下向した頼徳は、筑波勢等の擁する所となり、幕軍と, 平萬次郎, 交戰するに至つたのである。爲に九月二十七日頼徳は代官佐々井半十郎の手, 藩兵をして那珂湊攻撃に參加せしめ、又南總地方より進軍した目付戸田五助の, 軍もこれに加はつたのである。かくて水戸藩の内江の鎭撫を目的として、藩主, 比奈の軍は交戰を續けてゐたが、幕軍の總督田沼意尊は宇都宮・棚倉・佐倉等の諸, 代田中銈之助の斡旋により、幕府に事情を訴へんとし、僅かの從者を隨へて夏海, ニ水戸殿〓藩之士ニ加リ公儀御人數へ及敵對不屆之所業」(水戸藩史料)に出でた, 那珂湊に據つてゐる松平頼徳・榊原新左衞門の軍及び筑波勢に對して、市川・朝, の官位を褫奪し、頼位を新莊藩邸に幽した。尋いで同月五日頼徳に對し「賊徒並, たが、田沼意尊は南上の途にある頼徳を水戸に召致し、翌二十八日水戸藩支族松, の陣屋に戸田五助を訪うた。五助は頼徳と共に江戸に至らんことを約し, 邸に拘禁した。而して十月朔日に幕府は頼徳及び其の父頼位, 常陸鹿, 島郡, 主税, 頭, 遵, 頼, の處分, 松平頼徳, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一〇二

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  • 常陸鹿
  • 島郡
  • 主税

頭注

  • の處分
  • 松平頼徳

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 一〇二

注記 (24)

  • 342,582,52,943を難じて切腹を命じたのである。
  • 1280,580,59,2287慶篤の目代となつて水戸に下向した頼徳は、筑波勢等の擁する所となり、幕軍と
  • 692,574,52,250平萬次郎
  • 1165,576,60,2289交戰するに至つたのである。爲に九月二十七日頼徳は代官佐々井半十郎の手
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  • 1628,581,58,2287比奈の軍は交戰を續けてゐたが、幕軍の總督田沼意尊は宇都宮・棚倉・佐倉等の諸
  • 1048,577,63,2289代田中銈之助の斡旋により、幕府に事情を訴へんとし、僅かの從者を隨へて夏海
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  • 810,574,60,2296たが、田沼意尊は南上の途にある頼徳を水戸に召致し、翌二十八日水戸藩支族松
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