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を難じて切腹を命じたのである。, 慶篤の目代となつて水戸に下向した頼徳は、筑波勢等の擁する所となり、幕軍と, 平萬次郎, 交戰するに至つたのである。爲に九月二十七日頼徳は代官佐々井半十郎の手, 藩兵をして那珂湊攻撃に參加せしめ、又南總地方より進軍した目付戸田五助の, 軍もこれに加はつたのである。かくて水戸藩の内江の鎭撫を目的として、藩主, 比奈の軍は交戰を續けてゐたが、幕軍の總督田沼意尊は宇都宮・棚倉・佐倉等の諸, 代田中銈之助の斡旋により、幕府に事情を訴へんとし、僅かの從者を隨へて夏海, ニ水戸殿〓藩之士ニ加リ公儀御人數へ及敵對不屆之所業」(水戸藩史料)に出でた, 那珂湊に據つてゐる松平頼徳・榊原新左衞門の軍及び筑波勢に對して、市川・朝, の官位を褫奪し、頼位を新莊藩邸に幽した。尋いで同月五日頼徳に對し「賊徒並, たが、田沼意尊は南上の途にある頼徳を水戸に召致し、翌二十八日水戸藩支族松, の陣屋に戸田五助を訪うた。五助は頼徳と共に江戸に至らんことを約し, 邸に拘禁した。而して十月朔日に幕府は頼徳及び其の父頼位, 常陸鹿, 島郡, 主税, 頭, 遵, 頼, の處分, 松平頼徳, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一〇二
割注
- 常陸鹿
- 島郡
- 主税
- 頭
- 遵
- 頼
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- の處分
- 松平頼徳
柱
- 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役
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- 一〇二
注記 (24)
- 342,582,52,943を難じて切腹を命じたのである。
- 1280,580,59,2287慶篤の目代となつて水戸に下向した頼徳は、筑波勢等の擁する所となり、幕軍と
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- 1165,576,60,2289交戰するに至つたのである。爲に九月二十七日頼徳は代官佐々井半十郎の手
- 1512,578,59,2282藩兵をして那珂湊攻撃に參加せしめ、又南總地方より進軍した目付戸田五助の
- 1397,580,58,2287軍もこれに加はつたのである。かくて水戸藩の内江の鎭撫を目的として、藩主
- 1628,581,58,2287比奈の軍は交戰を續けてゐたが、幕軍の總督田沼意尊は宇都宮・棚倉・佐倉等の諸
- 1048,577,63,2289代田中銈之助の斡旋により、幕府に事情を訴へんとし、僅かの從者を隨へて夏海
- 455,590,61,2270ニ水戸殿〓藩之士ニ加リ公儀御人數へ及敵對不屆之所業」(水戸藩史料)に出でた
- 1743,653,59,2211那珂湊に據つてゐる松平頼徳・榊原新左衞門の軍及び筑波勢に對して、市川・朝
- 569,580,62,2282の官位を褫奪し、頼位を新莊藩邸に幽した。尋いで同月五日頼徳に對し「賊徒並
- 810,574,60,2296たが、田沼意尊は南上の途にある頼徳を水戸に召致し、翌二十八日水戸藩支族松
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