『維新史』 維新史 3 p.110

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二大原勅使の朝旨傳宣, を遣して之を迎へしめた。同日島津久光も, した因縁に依るものであつた。仍つて小太郎は久光の出府に先だつこと五日、, せんとする素志を告げて、親しく其の後援を依頼したのであつた。, 六月七日勅使大原重徳は江戸に著いて、龍の口の傳奏屋敷に入るや、將軍家茂, 同月二日著府して、翌日直ちに福井藩士中根雪江, 亦高輪の藩邸に入つた。久光は豫てより幕府が勅旨を遵奉せざらんことを憂, には慶永に〓して、久光の使命を陳じて斡旋を請ふ所があつた。而して久光も, へてゐたので、出府の途中、藩士堀小太郎を前福井藩主松平慶永の許に遣して、周, 亦著府の翌日、自ら慶永を常磐橋邸に訪ひ、齊彬の遺志を繼承して、公武間に周旋, 旋の素地を作さしめた。これ久光の亡兄齊彬が慶永と相好く、共に國事に奔走, 刀を撤するのが例であつたので、幕府の有司は先例に從はれんことを願つたが、, ・酒井十之丞, 十日重徳は勅旨を傳宣せんが爲に江戸城に臨んだ。從來勅使は斯かる際、佩, 重徳は左衞門督在官の故を以て之を拒み、有司も已むなく之を承服した。重徳, は老中板倉勝靜・高家横瀬貞固, を訪ひ、五日, 靱負, 師質, 山城, 温, 忠, 守, 光の江戸, 重徳の朝, と島津久, 旨傳宣, 大原勅使, 署, 第十編朝權の確立, 一一〇

割注

  • 靱負
  • 師質
  • 山城

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  • 光の江戸
  • 重徳の朝
  • と島津久
  • 旨傳宣
  • 大原勅使

  • 第十編朝權の確立

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  • 一一〇

注記 (31)

  • 1777,987,57,712二大原勅使の朝旨傳宣
  • 1538,1596,60,1272を遣して之を迎へしめた。同日島津久光も
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