『維新史』 維新史 4 p.162

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口に報ぜしめた。, に至つた。時に藝州藩主父子は微恙を以, と會見せん事を請はしめた。十九日經幹は岩, 幕府の許可を得てゐないとて之を受けず、他日許可あるを俟つて周旋を行ふ事, つた爲、藩士中井勇太郎を岩國に差遣し、曩の待命書を受領し、且つ長州藩にして, を京都に派遣してゐた。幾ばくもなく、生十郎が幕府の内旨を得て藩地に歸, 是より先藝州藩は、長州藩の爲に周旋に當る許可を得んとし、藩士寺尾生十郎, 言はんと欲する所があれば、之を朝廷・幕府の間に傳達すべきを約した。茲に於, を約した。斯くて經幹は岩國に歸り、清水清太郎・麻田公輔に事情を告げ、之を山, を派して、藝州藩主淺野茂長, 喜助・周旋方森脇一郎右衞門を廣島に遣し、豫め其の素地を作らしめ、尋いで又使, 吉川經幹は、隣藩藝州藩を頼つて周旋を行はんとし、八月七日先づ用人目加田, し、藝州藩の好意を謝し、且つ長州藩の待命書を託さうとした。式部は未だ朝廷, 國を發して、翌日藝州藩内の草津, いて長州藩は、吉川經幹を介し、藝州藩を通じて其の意を朝幕の間に述べ得る事, て來らず、藩主の弟式部が代つて草津に來た。經幹は式部と同地の海藏寺に會, 安藝佐, 伯郡, 安藝, 〓, 守, 由, 〓由, 野式部と, 經幹と淺, の會見, 周旋承諾, 藝州藩の, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一六二

割注

  • 安藝佐
  • 伯郡
  • 安藝
  • 〓由

頭注

  • 野式部と
  • 經幹と淺
  • の會見
  • 周旋承諾
  • 藝州藩の

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 一六二

注記 (30)

  • 793,588,54,464口に報ぜしめた。
  • 1367,1676,61,1193に至つた。時に藝州藩主父子は微恙を以
  • 1490,1534,59,1339と會見せん事を請はしめた。十九日經幹は岩
  • 1019,576,59,2291幕府の許可を得てゐないとて之を受けず、他日許可あるを俟つて周旋を行ふ事
  • 433,591,60,2272つた爲、藩士中井勇太郎を岩國に差遣し、曩の待命書を受領し、且つ長州藩にして
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