『維新史』 維新史 4 p.182

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私儀謹愼中越境之罪、萬死難遁儀ニハ奉存候得共、御軍門え罷出、難默止心底乍, りとも罷出で、天意の向はせられる所を伺ひ定めんと欲して上坂したのである。, 州藩主父子と關係の無い事を陳述し、寛典に處せられ度いと歎願した。, 此上奉愁訴度、只今草津驛迄到著、於此處相控居候間、御垂憐を以是等之儀何卒, 海に襲來するとの風聞に接し、皇國の一大事と存じ、勅勘の身とは言へ、洛外迄な, 藩世子の上坂及び其の際軍裝した理由を問うた。之に對して經幹は、夷艦が攝, と。尋いで聽されて、經幹は廣島に入つた。, 郷吉之助・藝州藩家老辻將曹, が黒印の軍令状を授けた理由を問うた。經幹は「暴臣共ニ誑誣被致、乍疑惑相渡, 候」(吉川經幹周旋記)と答へ、其の責を三家老に嫁したのである。次に尚志は、長州, 御取上被仰付被下候樣、伏而奉懇願候。, 十一月十六日成瀬正肥永井尚志等は、經幹を國泰寺に召見した。薩州藩士西, 茲に於いて大目付永井尚志は經幹に、數箇條の詰問を行つた。即ち先づ藩主, 又軍裝した事は、萬一夷艦が來襲した時、大坂表警衞の命なりとも蒙り度い所存, も亦此の席に列した。經幹は、此の度の事件は、長, 御取上被仰付被下候樣、伏而奉懇願候。(吉川經幹周旋記, 嶽, 維, 經幹の歎, 幕吏の詰, 問, 願, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一八二

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  • 經幹の歎
  • 幕吏の詰

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 一八二

注記 (24)

  • 1701,668,58,2223私儀謹愼中越境之罪、萬死難遁儀ニハ奉存候得共、御軍門え罷出、難默止心底乍
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