『維新史』 維新史 4 p.334

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詞名村五八郎, 海外諸國の語學を兼修せしめたが、安政五年七月に至り、岩原郷目付屋敷内に英, は幕府は此處に海軍傳習生を派遣したので、旁〻以て洋學は舊に倍して盛況を見, 室を以て、其の〓古所に充てた。, 同八月新町に新校舍を設け、濟〓館と稱し、語學の外に諸學術をも教へた。, 以て奉行所吏員の子弟に英語を教授せしめ、文久元年五月には運上所構内の別, るに至つた。是より先、嘉永三年九月幕府は時勢を考慮して長崎の通詞に命じ、, 人を聘して教師と爲した。米國宣教師フルベッキも、後に聘傭せられた。文久, 嘉永・安政以降、外國艦船の去來は愈〻頻繁となり、又既に詳述せる如く、安政二年に, 三年に至り、之を片淵組屋敷内の乃武館に移し、英語所と改め、更に江戸町に移し, 語傳習所を設け、和蘭通詞楢林榮左衞門・同西吉十郎, 西睡の要港長崎は、夙に本邦唯一の西洋文化移入の關門として知られてゐた。, て洋學所と稱した。慶應元年正月に至り、之を假語學所と改め、露・英・佛語を教へ, 横濱は江戸を目前に控へた要津として、安政六年開港の後は諸外國官民の在, を派遣して事に當らせた。次いで五八郎に命じ、公務の〓暇を, を頭取と爲し、蘭人及び英, ず, 元, 度, 成, 長崎濟美, 館, 第十四編外交の轉機, 三三四

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  • 長崎濟美

  • 第十四編外交の轉機

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  • 三三四

注記 (24)

  • 1717,550,56,387詞名村五八郎
  • 894,551,69,2288海外諸國の語學を兼修せしめたが、安政五年七月に至り、岩原郷目付屋敷内に英
  • 1128,552,65,2286は幕府は此處に海軍傳習生を派遣したので、旁〻以て洋學は舊に倍して盛況を見
  • 1485,551,59,875室を以て、其の〓古所に充てた。
  • 311,559,64,2089同八月新町に新校舍を設け、濟〓館と稱し、語學の外に諸學術をも教へた。
  • 1600,553,64,2278以て奉行所吏員の子弟に英語を教授せしめ、文久元年五月には運上所構内の別
  • 1013,554,65,2298るに至つた。是より先、嘉永三年九月幕府は時勢を考慮して長崎の通詞に命じ、
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  • 1243,546,66,2287嘉永・安政以降、外國艦船の去來は愈〻頻繁となり、又既に詳述せる如く、安政二年に
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