Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
三將軍の上坂, 慶應元年五月十六日、將軍徳川家茂は江戸城を發して西上の途に就いた。巳, 此の日の日記に、, が充分警衞仕る故、此の儀は中止せられ度いと述べたのである。, 斯くて朝廷に於かせられては、慶喜等の強請に依り、止むなく將軍進發の上申, 書の文意を不問に附せられたのである。されば議奏正親町三條實愛は、同じく, 大樹上坂長州征伐之儀ニ付議論有之、所存雖申述不被行、痛歎之至也。不爲判, 此の日廷臣等は一橋慶喜等に對し、斯くては長州藩の激徒が、再度京都に襲來す, るかも知れず、又外國船が攝海に進入するとの風説が盛であるによつて、諸雄藩, 主を召し、以て京都の警衞に當らしむべき事を議した。慶喜等は之に對し、己等, 衆議有之猶又不斷、而各退下、三武士退出、予二更過還於寓居。, と記し、憤激の情を漏らしてゐる。, 傳御達、一同御請退散之事。, 然, 略, 中, 然, 將軍江戸, 廷臣の不, を發す, 滿, 第一章將軍の進發第二節將軍の上坂, 三九五, 巳
割注
- 略
- 中
- 然
頭注
- 將軍江戸
- 廷臣の不
- を發す
- 滿
柱
- 第一章將軍の進發第二節將軍の上坂
ノンブル
- 三九五
- 巳
注記 (24)
- 467,980,55,447三將軍の上坂
- 345,636,63,2210慶應元年五月十六日、將軍徳川家茂は江戸城を發して西上の途に就いた。巳
- 1071,576,54,468此の日の日記に、
- 1412,579,59,1819が充分警衞仕る故、此の儀は中止せられ度いと述べたのである。
- 1294,646,62,2203斯くて朝廷に於かせられては、慶喜等の強請に依り、止むなく將軍進發の上申
- 1181,575,60,2273書の文意を不問に附せられたのである。されば議奏正親町三條實愛は、同じく
- 949,650,63,2199大樹上坂長州征伐之儀ニ付議論有之、所存雖申述不被行、痛歎之至也。不爲判
- 1756,581,62,2271此の日廷臣等は一橋慶喜等に對し、斯くては長州藩の激徒が、再度京都に襲來す
- 1643,589,60,2266るかも知れず、又外國船が攝海に進入するとの風説が盛であるによつて、諸雄藩
- 1528,577,61,2275主を召し、以て京都の警衞に當らしむべき事を議した。慶喜等は之に對し、己等
- 834,781,59,1690衆議有之猶又不斷、而各退下、三武士退出、予二更過還於寓居。
- 720,575,54,942と記し、憤激の情を漏らしてゐる。
- 1877,647,58,739傳御達、一同御請退散之事。
- 836,642,57,50然
- 822,713,40,38略
- 870,712,34,40中
- 836,642,56,50然
- 392,301,44,168將軍江戸
- 1303,310,42,166廷臣の不
- 349,304,41,120を發す
- 1261,306,40,42滿
- 247,682,45,1010第一章將軍の進發第二節將軍の上坂
- 247,2324,40,117三九五
- 345,2793,61,61巳







