『維新史』 維新史 4 p.514

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上陸した。小倉・熊本兩藩の兵は嶮路を扼して力戰し、加ふるに幕府軍艦は海上, 下關に退くに至つた。, て小倉を去るに至つた。, より長州軍の背後を砲撃した爲、長州軍は進む能はず、一部の兵を大里に殘して, り、小笠原閣老の作戰措置には安んじ難きを以て撤兵する旨を報告し、兵を纒め, の方面の征長軍は互に連絡を缺き、幕府〓下及び諸藩兵は〓ね小倉藩兵の苦戰, 下關に還り、尋いで二十七日にも三度小倉攻略の目的を以て渡海し、犬里附近に, は命を下して之に應ぜしめなかつた。仍つて小倉藩は已むなく唐津藩兵に出, を拱手傍觀してゐた。特に熊本藩二〓手備頭として小倉に出陣中の家老長岡, は、國政の基本の確立せざるに依る。宜しく諸侯を召集し公議を盡さしむべき, 小倉藩は此の機會に大里を囘復せんとして、熊本藩の協力を求めた。當時此, 小倉藩は熊本藩兵の退去を知つて驚愕し、幕府千人隊に救援を求めたが、長行, であると建議した。爲に老中小笠原長行と衝〓し、七月晦日には書を藩廳に送, は夙に長州再征反對意見を持し、今日從軍諸藩に戰意なく、形勢振はざる, 監物, 豪, 是, の戰鬪, 小倉藩孤, 熊本藩小, 倉退去, 大里附近, 立に陷る, 第十五編第二囘征長の役, 五一四

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  • の戰鬪
  • 小倉藩孤
  • 熊本藩小
  • 倉退去
  • 大里附近
  • 立に陷る

  • 第十五編第二囘征長の役

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  • 五一四

注記 (25)

  • 1604,573,64,2278上陸した。小倉・熊本兩藩の兵は嶮路を扼して力戰し、加ふるに幕府軍艦は海上
  • 1373,574,54,603下關に退くに至つた。
  • 438,576,55,668て小倉を去るに至つた。
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