『維新史』 維新史 4 p.515

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るのみと放言する有樣であつた。, したが、面會を拒絶され、空しく歸つたのである。, 倉藩兵は士氣些も屈せず、香春を根據とし、山間の嶮路に據り少數部隊を以て隱, 長州軍は小倉城の燒失を知り、直ちに海を渡り、二日小倉を占領した。併し小, は、事ここに至つては開城の一途あ, も相踵いで撤退した。小倉藩は已むなく使者を長行の陣營に赴かしめて、此の, つた。富士山艦小倉出港に際し、小倉藩は使者を派して、長行の滯留を請はんと, 趣を陳情せしめた處、幕府目付平山敬忠, 晦日夜密かに本營の後門より軍艦富士山に移り、長崎に退去し、尋いで大坂に還, るに至つた。是より先、長行の許に將軍家茂薨去の祕報が至つたので、, に退守した。, 七月, 村志津摩は火を城中に放ち、幼主豐千代丸, 茲に於いて小倉藩は全く孤立無援に陷つたので、八月朔日家老小宮民部・同島, 動を求めたが、唐津藩兵も亦幕兵の撤退を見て同じく應ぜず、久留米・柳河の藩兵, 此の際全軍統率の任にある小笠原長行自ら小倉藩の窮境を見捨てて遁走す, を擁して香春, 次節, 參照, 小笠原忠幹は既に前年九月歿し, 田川, 謙二郎, 省齋, たるもなほ未だ喪を祕してゐた, 忱, 郡, 忠, 藩, 主, 小倉落城, 小笠原長, 行の遁走, 第三章第二囘征長の役第三節戰況, 五一五

割注

  • 次節
  • 參照
  • 小笠原忠幹は既に前年九月歿し
  • 田川
  • 謙二郎
  • 省齋
  • たるもなほ未だ喪を祕してゐた

頭注

  • 小倉落城
  • 小笠原長
  • 行の遁走

  • 第三章第二囘征長の役第三節戰況

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  • 五一五

注記 (34)

  • 1513,568,59,940るのみと放言する有樣であつた。
  • 928,569,59,1349したが、面會を拒絶され、空しく歸つたのである。
  • 332,566,68,2289倉藩兵は士氣些も屈せず、香春を根據とし、山間の嶮路に據り少數部隊を以て隱
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  • 1641,1860,60,985は、事ここに至つては開城の一途あ
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  • 1041,571,66,2278つた。富士山艦小倉出港に際し、小倉藩は使者を派して、長行の滯留を請はんと
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