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航の途に就いたのである。次いでロッシュは二十八日神戸に到著するや、ラプ, と前後して横濱を出帆し、途中下關に寄港して長州藩士と會見し、同月下旬長崎, 幕府と長州藩との間には如何なる調停策も存在せざることを確認したに過ぎ, 征中の老中小笠原長行と會見した。併し會見の結果、英・佛二國公使は共に、今や, 見し、幕府と長州藩との紛擾に調停の機を握らんことを協議した後、共に長崎を, 解纜し、二十四日戰雲漲れる下關海峽に現れ、次いで各個に長州藩士及び小倉出, 日薄暮下關を去り、豫定に從つて宇和島藩訪問の爲、南航の途に就いた。ロッシ, なかつた。斯くてパークスは愈〻反幕派諸侯との交誼を厚うせんと欲し、二十六, に著した。豫て英國公使の行動に疑惑の眼を注いでゐた幕府は之を牽制せん, ユも亦盆〻幕府援助の決意を固め、長行の依頼に應じて艦船武器の供給を約し、東, ス號に乘じて長崎に著いたが、時にパークスは薩州藩の招請に應じて鹿兒島訪, として、ロッシュに長崎行を勸告した。翌六月十七日ロッシユは佛艦ラプラー, 問中であつた。幾許もなくパークスは長崎に歸著したので、ロッシユは之と會, ラース艦上に老中板倉勝靜を迎へて武器の讓渡其の他に亙り、長時間の懇談を, 第十六編王政復古の氣運, 五五二
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- 第十六編王政復古の氣運
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- 五五二
注記 (16)
- 308,579,59,2279航の途に就いたのである。次いでロッシュは二十八日神戸に到著するや、ラプ
- 1709,585,56,2280と前後して横濱を出帆し、途中下關に寄港して長州藩士と會見し、同月下旬長崎
- 784,578,55,2288幕府と長州藩との間には如何なる調停策も存在せざることを確認したに過ぎ
- 899,580,58,2286征中の老中小笠原長行と會見した。併し會見の結果、英・佛二國公使は共に、今や
- 1129,579,58,2290見し、幕府と長州藩との紛擾に調停の機を握らんことを協議した後、共に長崎を
- 1014,578,60,2291解纜し、二十四日戰雲漲れる下關海峽に現れ、次いで各個に長州藩士及び小倉出
- 547,581,59,2273日薄暮下關を去り、豫定に從つて宇和島藩訪問の爲、南航の途に就いた。ロッシ
- 667,582,57,2283なかつた。斯くてパークスは愈〻反幕派諸侯との交誼を厚うせんと欲し、二十六
- 1593,588,57,2280に著した。豫て英國公使の行動に疑惑の眼を注いでゐた幕府は之を牽制せん
- 426,595,61,2272ユも亦盆〻幕府援助の決意を固め、長行の依頼に應じて艦船武器の供給を約し、東
- 1361,588,57,2280ス號に乘じて長崎に著いたが、時にパークスは薩州藩の招請に應じて鹿兒島訪
- 1477,587,58,2274として、ロッシュに長崎行を勸告した。翌六月十七日ロッシユは佛艦ラプラー
- 1245,583,61,2285問中であつた。幾許もなくパークスは長崎に歸著したので、ロッシユは之と會
- 185,588,57,2276ラース艦上に老中板倉勝靜を迎へて武器の讓渡其の他に亙り、長時間の懇談を
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