『維新史』 維新史 5 p.656

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つた。然るに翌三年正月九日、四國公使は再び外務卿並びに大輔に面會を求, 二十七日に至り、教徒の處罰は信教上の問題からではなく、政府の命令に服せ, ざるが爲であると答へて、我が立場を辯明し、飽く迄も當初の方針を枉げなか, 臣・外務大輔寺島宗則等を訪ね、我が措置を論難する所があつたが、政府は同月, 高松・津・津和野・郡山・松江・大聖寺・伊豫松山・福山・姫路等の十九藩, 不可なることを抗議し、偶〻來著せる英國公使パークスも亦盛秀を訪れて、教徒, の分預は之を猶豫せられたき旨を強談した。盛秀は政府の命令を奉ずるの, に家族等約三千餘人を移送した。既にしてパークスの東京に歸るや、十二月, 預することとした。長崎在留の外國領事は依然長崎縣知事野村盛秀に其の, 十八日佛・米・獨の三國公使と共に右大臣三條實美・大納言岩倉具視・參議副島種, め、宣教師を居留地以外に出入せしめざるやうに努むべきを以て、教徒の歸村, みと答へて、抗議を拒否し、十二月四日には先づ教徒六百餘人を輸送し、七日更, 年十月二十五日、教徒を金澤・和歌山・山口・鹿兒島・名古屋・廣島・鳥取・〓知・岡山徳島・, に分, 然るに、其の後と雖も浦上教徒は毫も悔悟改俊しなかつたので、政府は翌二, 聖寺兩藩より分つ, 富山藩は金澤・大, の抗議, 藩に分預, 衆を十九, 教徒の餘, 四國〓使, す, 第四章外交の伸張第二節新條約の締結と朝鮮修好問題, 六五九

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  • 聖寺兩藩より分つ
  • 富山藩は金澤・大

頭注

  • の抗議
  • 藩に分預
  • 衆を十九
  • 教徒の餘
  • 四國〓使

  • 第四章外交の伸張第二節新條約の締結と朝鮮修好問題

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  • 六五九

注記 (25)

  • 464,555,75,2317つた。然るに翌三年正月九日、四國公使は再び外務卿並びに大輔に面會を求
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