『維新史』 維新史 4 p.539

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

れるに至つたのである。, を以て後繼者と爲さんとの意を, 側近に洩らしてゐた。然れば將軍危篤の報が江戸に傳はるや、前將軍家定御臺, る困難が伴つたのである。加之、家茂は曩に征長出陣の爲江戸を去らんとする, 所天璋院は家茂の命の如く龜之助をして相續せしめんと希望し、大奧の老女等, び田安慶頼は種々の點に於いて適せざるものがあつた。, に當り、萬一の際を慮つて、田安龜之助, 大納言慶勝・權大納言茂徳の兩名あるも、何れも既に致仕し、當主元千代, 人物孰れよりするも、一橋慶喜を措いて他に適當の後繼者がなかつたのである, は儘, ばならなかつたのである。是に於いてか、遂に一橋慶喜の宗家相續は實現せら, が、慶喜に對しては幕府内外に猶感情的反對論が根強く、其の迎立には少からざ, の中には之に乘じて策動する者があつた。併し幸にも御英明にわたらせられ, めなければならなかつた。熟〻當時の三家・三卿を觀るに、尾州家に於いては前權, かに九歳の弱齡であり、次に紀州家の茂承は二十三歳であり、又水戸家の慶徳及, 家茂には未だ嗣子が無かつたので、其の後繼者は當然之を三家・三卿の中に求, 斯くて親疎・閲歴, 慶頼三男, 後徳川家達, 徳成, 後義官, 當時無主, 清水家は, 繼者, 和宮の御, 家茂の後, 意向, 第一章徳川慶喜の將軍襲職第一節徳川慶喜の宗家相續と將軍宣下, 五三丸

割注

  • 慶頼三男
  • 後徳川家達
  • 徳成
  • 後義官
  • 當時無主
  • 清水家は

頭注

  • 繼者
  • 和宮の御
  • 家茂の後
  • 意向

  • 第一章徳川慶喜の將軍襲職第一節徳川慶喜の宗家相續と將軍宣下

ノンブル

  • 五三丸

注記 (29)

  • 1783,590,52,664れるに至つたのである。
  • 720,1941,56,921を以て後繼者と爲さんとの意を
  • 600,584,62,2275側近に洩らしてゐた。然れば將軍危篤の報が江戸に傳はるや、前將軍家定御臺
  • 838,586,62,2271る困難が伴つたのである。加之、家茂は曩に征長出陣の爲江戸を去らんとする
  • 479,581,63,2281所天璋院は家茂の命の如く龜之助をして相續せしめんと希望し、大奧の老女等
  • 1202,586,60,1616び田安慶頼は種々の點に於いて適せざるものがあつた。
  • 724,588,58,1058に當り、萬一の際を慮つて、田安龜之助
  • 1426,585,66,1996大納言慶勝・權大納言茂徳の兩名あるも、何れも既に致仕し、當主元千代
  • 1080,584,64,2275人物孰れよりするも、一橋慶喜を措いて他に適當の後繼者がなかつたのである
  • 1429,2754,51,111は儘
  • 1885,583,65,2276ばならなかつたのである。是に於いてか、遂に一橋慶喜の宗家相續は實現せら
  • 958,581,65,2282が、慶喜に對しては幕府内外に猶感情的反對論が根強く、其の迎立には少からざ
  • 359,589,60,2269の中には之に乘じて策動する者があつた。併し幸にも御英明にわたらせられ
  • 1541,589,64,2274めなければならなかつた。熟〻當時の三家・三卿を觀るに、尾州家に於いては前權
  • 1313,590,65,2280かに九歳の弱齡であり、次に紀州家の茂承は二十三歳であり、又水戸家の慶徳及
  • 1657,645,68,2213家茂には未だ嗣子が無かつたので、其の後繼者は當然之を三家・三卿の中に求
  • 1197,2407,56,456斯くて親疎・閲歴
  • 754,1677,40,211慶頼三男
  • 707,1677,42,212後徳川家達
  • 1456,2603,42,122徳成
  • 1411,2603,43,120後義官
  • 1182,2220,44,167當時無主
  • 1229,2219,41,163清水家は
  • 1661,318,40,81繼者
  • 392,318,40,166和宮の御
  • 1705,319,44,168家茂の後
  • 348,319,40,75意向
  • 256,702,47,1431第一章徳川慶喜の將軍襲職第一節徳川慶喜の宗家相續と將軍宣下
  • 256,2343,43,124五三丸

類似アイテム