『維新史』 維新史 4 p.573

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二岩倉具視等宥免の朝議, 意味を述べてゐるのである。, 之を知ることを得るが、如何にせん、幽居の身であつたので、具視は容易に其の抱, 以來朝譴を蒙つてゐた公卿宥免の議が漸く起つたことに依るものであつた。, 是より先、左近衞權少將千種有文, 負を實現する術がなかつた。然るに慶應元年冬より翌年春に至つて、公卿との, を禁ぜられ、重謹愼を命ぜられてゐたが、七十餘歳の老母に日常孝養を盡すこと, と云ふべきである。此の上は兩卿に於いても非常の御畫策があるやうにと激, 岩倉具視が懷く時局對策は、「叢裡鳴蟲『「續叢、裡鳴蟲」及び「全國合同策」によつて略, 勵し、又自己の抱懷する策を叡聞に達し、畏れながら聖斷の一助となしたしとの, が出來ないことを頗る愁歎してゐた。此のことが遂に叡聞に達するや、畏くも, 約を勅許あらせられた上は如何ともなし難いであらうが、實に以て千載の遺憾, 文通が〓繁に行はれるに至つたのである。これ即ち當時公卿の間に、文久二年, は具視等と同じく文久二年九月洛中居住, 觀, 自, 第二章孝明天皇の崩御と明治天皇の踐祚第一節岩倉具視の畫等, 五七三

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  • 第二章孝明天皇の崩御と明治天皇の踐祚第一節岩倉具視の畫等

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  • 五七三

注記 (18)

  • 1288,957,55,794二岩倉具視等宥免の朝議
  • 1523,551,52,806意味を述べてゐるのである。
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  • 698,547,58,2237以來朝譴を蒙つてゐた公卿宥免の議が漸く起つたことに依るものであつた。
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