『維新史』 維新史 5 p.38

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向つたのである。, 福田〓平, 主島津茂久及び生父久光の中一人を急ぎ上京せしめるに決した。仍つて帶, 帶刀・西郷吉之助を同道して山口に入つた。, 脚船に依り之を大坂に送り薩艦三艘は三田尻より直ちに鹿兒島に歸航し、藩, ある。, 京都を發し、同十九日大坂より相携へ、藝州藩の萬年丸に搭じて、西航したので, する協議を行つた。即ち曩に三田尻に來りて、當時猶滯留せる薩州藩兵を飛, 助は敬親父子に見えて、具さに京都の情勢を告げ、且つ同藩の要路と出兵に關, 刀等は即日山口を去りて三田尻に歸り、薩州藩の豐瑞丸に搭乘し、一路藩地に, 平を伴ひ、山口に歸りて、密勅を藩主毛利敬親に捧呈し、翌日品川彌二郎は小松, 然るに討幕の密勅降下の日に、將軍徳川慶喜は大政奉還を奏聞したので、朝, 等は、直ちに藩兵の東上を促さんが爲、各〻密勅を捧持し、前後して, 廷に於かせられては薩長二藩をして密勅の奉行を猶豫せしめ、姑く幕府の態, 小松帶刀・廣澤兵助等は、同月二十一日を以て三田尻に到著し、兵助は即夜〓, 翌二十三日帶刀・吉之, て三田尻に留まる, 大久保一藏は病み, 孜, 明, 公, 日, 二藩の協, ける薩長, 山口に於, の密旨, 討幕猶豫, 議, 第十八編王政復古大號令の渙發, 三八

割注

  • て三田尻に留まる
  • 大久保一藏は病み

頭注

  • 二藩の協
  • ける薩長
  • 山口に於
  • の密旨
  • 討幕猶豫

  • 第十八編王政復古大號令の渙發

ノンブル

  • 三八

注記 (30)

  • 471,564,51,493向つたのである。
  • 1726,620,55,270福田〓平
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  • 1151,559,62,1291帶刀・西郷吉之助を同道して山口に入つた。
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  • 1505,558,47,134ある。
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