『維新史』 維新史 5 p.69

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するに決し、, の官位を, 置し能はざりし長州藩問題は、茲に始めて解決せられたのである。, 入洛、官位如元被復候旨、被仰出候事。, たる長府藩主毛利元周, 防長之事件、彼是混雜有之候得共、寛大之御處置被爲在、大膳父子末家等被免, 頃年、天下紊亂、人必不和ヲ生シ、況外國之交際日ニ隆シテ、國家安危危急之秋, 猶八日夜の朝議に於いては、文久二年以來勅勘を蒙れる堂上を總べて赦免, 爲行、且又先帝御一周ニ相成候ニ付、猶更人心一和專要ニ被思食候間、先年來, の御沙汰書を示して一同の意見を徴し、同夜中に奉答すべき旨を命じたが、孰, 兵上京を許すの命を傳へられることとなつた。多年の懸案であり、幕府が處, ニ候。然ニ今度、朝政一新、追々舊典復古、且明春御大禮被爲行候御時節候〓, れも別に異存なかつたので、茲に朝議は長州藩主毛利敬親・廣封父子及び末家, 復して、入京を許すことに決した。且つ西宮滯陣中の毛利内匠に對しては、率, 清末藩主毛利元純, ・徳山藩主毛利元蕃, 々復古之典も難被行、深被惱宸襟候。且來春御元服並立太后、追々御大禮被, 入洛、官位如元被復候旨、被仰出候事。(毛利元徳家記), (毛利元徳家記), 京, 路, 讚, 岐, 淡, 左, 京左, 父子の官, 毛利敬親, 位を復し, 入京を許, す, 第二章大號令の渙發と辭官納地問題第一節大號令渙發の計書, 第一節大號令渙發の計, 六九

割注

  • 京左

頭注

  • 父子の官
  • 毛利敬親
  • 位を復し
  • 入京を許

  • 第二章大號令の渙發と辭官納地問題第一節大號令渙發の計書
  • 第一節大號令渙發の計

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  • 六九

注記 (34)

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