『維新史』 維新史 5 p.40

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仕候。, 揚碇、御手洗港ニ而御待合可被下候段、承知仕候。, 御上京被爲遊候との御事、奉畏候。, 準一郎は茂勳の船, とて、出兵の手續を規定し、又別に上國の形勢に應ずべき手段として、, に便乘して廣島に抵り、同藩要路と討幕出兵の細目を, 子淺野茂勳は嚴島社參詣の歸途、長州藩世子毛利廣封, 一郎を廣島に遣して協議せしめるに決して分袂した。仍つて翌十一月朔日, 及び、互に時事を談じ、交誼を温め、頗る意氣相投ずるものがあり、更に廣封は準, 一、弊國人數上坂之節、御一艦を以て御誘導被成下候付而は、發期申上次第、御, て同地に赴き、茂勳と會見したのである。歡談すること午刻, 一、上國之模樣を以て、後陣陸地罷登り候儀、可有之と奉存候事。, 一、薩侯御一同、世子君, 但、三田尻ニ薩國より報知有之候ハヽ、早急御報知仕候樣ニとの儀、承知, 協定したのであつた。即ち, と會晤せんが爲、新湊, に來港したので、廣封は藩士木戸準一郎, ・楫取素彦等を隨へ, ・杉孫七郎, より申刻, に, 周防國, 紀伊守樣, 玖珂郡, 豐安, をいふ, 號, 長, 門, 允, 孝, 正, 午, 四, 華, 時, 重, 出兵の協, 長藝二藩, 定, 第十八編王政復古大號令の渙發, 四〇

割注

  • 周防國
  • 紀伊守樣
  • 玖珂郡
  • 豐安
  • をいふ

頭注

  • 出兵の協
  • 長藝二藩

  • 第十八編王政復古大號令の渙發

ノンブル

  • 四〇

注記 (42)

  • 680,765,54,135仕候。
  • 444,692,67,1412揚碇、御手洗港ニ而御待合可被下候段、承知仕候。
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  • 1371,550,70,2322及び、互に時事を談じ、交誼を温め、頗る意氣相投ずるものがあり、更に廣封は準
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