『維新史』 維新史 5 p.207

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されて、朝裁を仰がしめられた。斯くて二十日薄暮吉之助が京都に到著する, や、直ちに太政官代, べしと主張せるに對して、窃かに其の苛酷に過ぎるを憂慮してゐた。然るに, 容れられることに決し、具視は直ちに上奏して宸裁を仰ぎ奉つたのである。, て、遂に夜半に迫んだのである。, 意見を懷いてゐた。準一郎も亦一藏・吉之助等が豫てより慶喜を死罪に處す, した。是に於いて朝議は大總督宮より禀議せられた徳川家處分案の大綱を, 此の時に當り、吉之助・一藏は共に持論を捨て、慶喜を寛典に處せんことを主張, 是より先具視は徳川家の處分を寛大にして、速かに時局を收拾すべしとの, 況及び徳川慶喜等の恭順の有樣を述べた。副總裁三條實美・岩倉具視及び參, に到著して、委細を大總督宮に復命した。是に於いて宮は東海道先蜂總督橋, 等は、孰れも其の席に列なり、種々論議を重ね, 與大久保一藏・木戸準一郎, 三道の先鋒總督に對して、江戸城進撃の延期を命じ給ひ、又吉之助を京都に遣, 斯くて吉之助は朝旨を奉じて二十一日再び東下の途に就き、二十五日駿府, に於いて朝議が開かれ、吉之助は詳かに官軍の進軍状, 孝允, 二條, 長州藩士, 城, 戸入城, 勅使の江, 第十九編戊辰の役, 二〇八

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  • 孝允
  • 二條
  • 長州藩士

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  • 戸入城
  • 勅使の江

  • 第十九編戊辰の役

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  • 二〇八

注記 (24)

  • 1609,520,65,2324されて、朝裁を仰がしめられた。斯くて二十日薄暮吉之助が京都に到著する
  • 1492,524,58,546や、直ちに太政官代
  • 802,529,64,2310べしと主張せるに對して、窃かに其の苛酷に過ぎるを憂慮してゐた。然るに
  • 458,518,65,2272容れられることに決し、具視は直ちに上奏して宸裁を仰ぎ奉つたのである。
  • 1145,523,57,912て、遂に夜半に迫んだのである。
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  • 571,529,64,2312した。是に於いて朝議は大總督宮より禀議せられた徳川家處分案の大綱を
  • 688,525,63,2319此の時に當り、吉之助・一藏は共に持論を捨て、慶喜を寛典に處せんことを主張
  • 1028,595,63,2243是より先具視は徳川家の處分を寛大にして、速かに時局を收拾すべしとの
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