『維新史』 維新史 5 p.437

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に近き亥半刻, 御拜あらせられ、戰亂の鎭定を祈らせ給うたのであつた。, んじて其の分を盡すべきことを諭示あらせられた。, 少憩の後、板輿に召させられ、戌刻, に乘御し、賢所を奉じて建禮門より出御遊ばされた。水口・園部の兩藩主は各, 國主神・武甕槌神・經津主神を祀りて、躬ら御祭文を奏し、矢二筋を奉獻し給うて, に逆賊の平定して四海靜謐に歸せん事を祈らせ給うた。明治天皇が親しく, 葱華輦, 石清水社に御親〓あらせられ、畏くも億兆蒼生の爲に速か, 翌二十一日天皇には關東親征の爲、大坂に幸し給はんとし、辰刻, 爲り、總數一千六百五十五人が供奉申上げた。途中東本願寺東殿に於いて御, 大臣廣幡忠禮等の公卿は鳳輦の前後に扈從し、熊本・長州の兩藩世子及び津和, 藩兵を從へて賢所を警衞し、次に藝州藩世子及び津・備前・狹山・大洲・西大路・因州, に著し給うた。夜半, 八幡の行在所, 支藩の諸藩主は、各藩兵を率ゐて先陣を承り、副總裁三條實美・輔弼中山忠能・内, 斯くて三月二十日には明治天皇は紫宸殿に出御し給ひ、親しく天照大神・大, 野・郡山・丹波龜山・栢原・平戸・三日月の諸藩主は、孰れも各藩兵を指揮して後陣と, 豐藏, 八時, 午後, 午後十, 午前, 一時, 八時, 坊, 親征御發, 輦, 軍神祭, 第三章東京奠都第一節大坂行幸, 四三九

割注

  • 豐藏
  • 八時
  • 午後
  • 午後十
  • 午前
  • 一時

頭注

  • 親征御發
  • 軍神祭

  • 第三章東京奠都第一節大坂行幸

ノンブル

  • 四三九

注記 (31)

  • 469,539,56,401に近き亥半刻
  • 1503,526,63,1716御拜あらせられ、戰亂の鎭定を祈らせ給うたのであつた。
  • 1853,520,58,1556んじて其の分を盡すべきことを諭示あらせられた。
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