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は首都北京に入つたが、恰も皇帝穆宗, は齡猶幼く、孝貞, の兩, 迫つた。これ蓋し我が草案が、歐米諸國が清國と締結せる諸條約に準據して, 案として審議を進むべきことを主張せるも、李鴻章は強硬に異議を唱へ、却つ, を呈して聘問の禮を修め、九月十九日歸京復命したのである。, て中國日本修好條規・中國日本通商章程の兩案を宗城に手交して、其の討議を, 作成せられ、著しく不平等條約の内容を具備してゐたからであつた。宗城は, 西會館に訪れて挨拶を交し、全權委任状を交換した。而して彼我の會商は同, 天津に著き、十二日清國全權たる直隸總督李鴻章・〓辨たる應寶時・陳欽等を山, 惟ふに當初伊達宗城は、歐米諸國の例に傚うて清國と條約を締結し、幾多の, 已むなく日本案を撤囘し、清國案に據つて商議を續行し、遂に七月二十九日、日, とに當らしめた。宗城等は五月十五日東京を發し、上海を經由して六月七日, 月十五日より開かれ、宗城は日清修好通商條約案・海關章程案を提示し、之を原, 清修好條規十八條・通商章程三十三款・海關税則を締結調印した。其の後宗城, 皇太后が垂簾攝政してゐたので、八月十七日首席大臣恭親王奕訴に國書・禮物, ・孝欽, 同治, 西太, 東太, 帝, 后, 后, 條規の締, 日清修好, 結, 第四章外交の伸張第二節新條約の締結と朝鮮修好問題, 六五一
割注
- 同治
- 西太
- 東太
- 帝
- 后
頭注
- 條規の締
- 日清修好
- 結
柱
- 第四章外交の伸張第二節新條約の締結と朝鮮修好問題
ノンブル
- 六五一
注記 (28)
- 703,544,64,1112は首都北京に入つたが、恰も皇帝穆宗
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- 725,2753,52,113の兩
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- 1620,532,70,2329西會館に訪れて挨拶を交し、全權委任状を交換した。而して彼我の會商は同
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- 359,609,75,2247惟ふに當初伊達宗城は、歐米諸國の例に傚うて清國と條約を締結し、幾多の
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