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切望すると述べている。しかし昭和初頭は、まだその時期ではなかった。, 編纂事務局の基本的任務であった。ところが昭和十年(一九三五)ごろになって、明治維新の通史を, 右に記した『大日本維新史料』は、史料集であり、この編纂・刊行こそが、維新史料編纂会・同, 書き、これを刊行すべしとの議が起った。もともと金子総裁は、維新史を書くという考えを持って, いて、大正十四年の第十四回委員会でも、史料を蒐集して、これが終ったなら維新史を書くことを, 昭和十年岡田内閣時代、いわゆる「天皇機関説」問題が起り、同年八月政府は「国体明徴・教学, った。, 刷新」という声明書を出した。時の文部大臣松田源治は、金子総裁に次のような要請を行った。, この『大日本維新史料』の毎巻刊行部数は七〇○部と予定されたが、実際にはややこれを下まわ, 『維新史』と維新史料編纂会, 四八
表組
- 『維新史』と維新史料編纂会
柱
- 四八
注記 (11)
- 432,347,55,1853切望すると述べている。しかし昭和初頭は、まだその時期ではなかった。
- 779,339,59,2527編纂事務局の基本的任務であった。ところが昭和十年(一九三五)ごろになって、明治維新の通史を
- 894,395,58,2473右に記した『大日本維新史料』は、史料集であり、この編纂・刊行こそが、維新史料編纂会・同
- 663,343,58,2519書き、これを刊行すべしとの議が起った。もともと金子総裁は、維新史を書くという考えを持って
- 547,350,58,2516いて、大正十四年の第十四回委員会でも、史料を蒐集して、これが終ったなら維新史を書くことを
- 315,401,63,2459昭和十年岡田内閣時代、いわゆる「天皇機関説」問題が起り、同年八月政府は「国体明徴・教学
- 1014,361,51,115った。
- 201,349,59,2481刷新」という声明書を出した。時の文部大臣松田源治は、金子総裁に次のような要請を行った。
- 1117,394,58,2469この『大日本維新史料』の毎巻刊行部数は七〇○部と予定されたが、実際にはややこれを下まわ
- 1268,463,512,1709『維新史』と維新史料編纂会
- 1841,568,48,537四八







