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藤井甚太郎・原平三の二人であった。, 冊となっているが、〓後戦局の推移と共にこれは中断された。, であり、万一天災などによって、烏有に帰するかも知れぬ虞があった。そこでこの複製本を作るこ, とした。事業は昭和三年度から、六ケ年継続事業として着手されたが、稿本が膨大であるため容易に, 十七年度の局員の姓名は、附録(五、六、七)に示したが、この中編修官として残留した二人は、, 戦局の進展と共に、編纂の仕事は、既成の稿本や史料・図書類の安全確保面に切りかえられた。, して京都東山文庫に格納し、一部は明治神宮に奉納し、一部は維新史料編纂会において保存すること, などの職員も少くなく、編纂関係者の転出などには慌しいものがあった。廃局前の昭和十三・十六・, がって多くの職員が他に転出を余儀なくされた。既に太平洋戦争が開始されて居り、この前後応召, 完成できないので、昭和十年度から同十九年度迄の十ケ年延期して、事業を継続することとなった。, なお大日本維新史料稿本の複製並に献上について一言すれば、この稿本は筆写本一部があるだけ, ととなった。即ちタイプライターによって四部を作成し、一部を天皇に献上、一部を宮内省に委託, 昭和十七年五月の調べでは、稿本冊数四、二一五冊の中、複製済三、三七三冊、献上済二、九七五, このように編纂官六名が、編修官二名という削減となり、事務局機構は大幅に縮小された。した, 文部省維新史料編纂会・文部省維新史料編纂事務局小史, 五五
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- 文部省維新史料編纂会・文部省維新史料編纂事務局小史
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- 五五
注記 (16)
- 1398,341,60,939藤井甚太郎・原平三の二人であった。
- 460,345,61,1571冊となっているが、〓後戦局の推移と共にこれは中断された。
- 1161,346,73,2516であり、万一天災などによって、烏有に帰するかも知れぬ虞があった。そこでこの複製本を作るこ
- 812,343,73,2521とした。事業は昭和三年度から、六ケ年継続事業として着手されたが、稿本が膨大であるため容易に
- 1514,333,76,2491十七年度の局員の姓名は、附録(五、六、七)に示したが、この中編修官として残留した二人は、
- 337,399,70,2443戦局の進展と共に、編纂の仕事は、既成の稿本や史料・図書類の安全確保面に切りかえられた。
- 925,343,72,2515して京都東山文庫に格納し、一部は明治神宮に奉納し、一部は維新史料編纂会において保存すること
- 1633,342,69,2514などの職員も少くなく、編纂関係者の転出などには慌しいものがあった。廃局前の昭和十三・十六・
- 1748,344,70,2517がって多くの職員が他に転出を余儀なくされた。既に太平洋戦争が開始されて居り、この前後応召
- 698,342,74,2548完成できないので、昭和十年度から同十九年度迄の十ケ年延期して、事業を継続することとなった。
- 1276,401,74,2461なお大日本維新史料稿本の複製並に献上について一言すれば、この稿本は筆写本一部があるだけ
- 1050,345,75,2522ととなった。即ちタイプライターによって四部を作成し、一部を天皇に献上、一部を宮内省に委託
- 577,399,74,2461昭和十七年五月の調べでは、稿本冊数四、二一五冊の中、複製済三、三七三冊、献上済二、九七五
- 1864,401,67,2456このように編纂官六名が、編修官二名という削減となり、事務局機構は大幅に縮小された。した
- 226,574,52,1070文部省維新史料編纂会・文部省維新史料編纂事務局小史
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